目標を持つ?持たない?

既に木枯らし1号も吹き、グッと、気温も下がってきました。これからますます寒くなっていくのでしょうね。
競輪界は真似をする必要もないのに、気温の下降同様、寒く感じてしまうレースが目に付いてしまいます。
10月末日、平塚G3決勝戦は大量5選手が落車。しかも落車した選手の中には車券人気を背負っている選手もいました。ラスト1周で観ているファンの興奮が一番昂ぶっている時での落車ならば、まだ勝負を懸けての失敗なのかと、多少の諦めもつきます。 だけど2周回(赤板周回の第1コーナーでした)も残した状態で、「さぁ、これからだ!」という時に自分が買っている選手がいなくなってしまったら、それは何ともつまらないレースになるでしょう。しかもそれが本場でのラストレースだとしたら、なおさらシラけた開催として終わることにもなります。
こういうレースがお客さん離れに繋がる一端でもあるということを、競輪界はよく考えて対処しなければいけませんね。


今年は秋を感じることもなく、すぐ冬に入ったような季節感です。でも、読書の秋でもありますし、せっかくなので本でも買って読書をしようかと、本屋さんに立ち寄ってみました。そこで私の目に飛び込んで来たのは“目標は持つな”という内容が書かれた本でした。
私の信念は『目標がなければ人は成長しない』であります。人は目標があるからこそ目標に向かって努力する、成長していける、そう考えて生きてきました。我が子たちにも常に目標を持って、それを達成するためにはどうしたら良いのかを考え、努力をすることで目標は叶うと、言い聞かせてきたものです。

私自身は“競輪選手になろう”という目標を定めて、まずはシッカリ基礎体力作りから始めようと、陸上部で身体を鍛えることに決めました。
念願の競輪選手となり、経験を重ねてからは“特別競輪で優勝したい”という大きな目標ができました。今、何が足りないのか?と、常に自問自答。足りない部分を補うための必要な練習を真剣に考え、積み重ねてきたことを自負しています。そう、目標を成し遂げられるように、何が必要なのかを常に考えながら生きてきた人生だったと思います。
しかし、目標は達成してしまったら、その先が何も見えなくなってしまう側面もあるのは事実です。目標へ向かう努力を繰り返していて、目標がなくなった時に自分の居場所を見失ってしまうような錯覚になってしまうような。「自分という存在がこの世に必要なのだろうか?」みたいな考えが思い浮かんでしまったことは、みなさんにも大なり小なりあるのではないでしょうか!?


先日、約11年間、頑張って営業してきた『和の輪』という飲食店を売却しました。年商1億円という大きな目標に向かって頑張ってきたことと、数多くのお客様に支えられて、11年(今の個人飲食店では珍しく長期間です)も続けてこられたと思っています。
そんな店に好条件での買い手が現れたので売却。それは昔からの私の考え、栄枯盛衰とでも言うのでしょうか?「良い時は必ずしも長くは続かない」というのがあり、よって良い時に売却するのも一つの方策だと判断したのです。
人としての成長を考えると、苦しい時にどのように乗り切るか、必死に考えて行動を起こすことが重要です。その経験をしないで出した今回の飲食店売却という結論、ここが私の弱いところでもあるのかも知れませんね。
店を手放して、私は「この後の残りの人生をどう生きていくべきなのだろうか???」と、現時点での目標を見失っている状況。明確な目標がなく、自分の居場所を模索しているのです。
このような私的な背景もあったことから「目標を持つな」という言葉は、ある意味では正解なのかも知れないと、非常に深く考えさせられているのですが……私はまだまだ答えを見出だせそうもありません。

【略歴】


山田 裕仁(やまだ・ゆうじ)

1968年6月18日生 岐阜県大垣市出身
1988年5月に向日町競輪場でプロデビュー
競輪学校の同期で東の横綱・神山雄一郎(栃木61期)、西の横綱・吉岡稔真(福岡65期・引退)らと輪界をリード
“帝王”のニックネームで一時代を築いた
2002、2003年の日本選手権競輪(ダービー)連覇などG1タイトルは6つ
KEIRINグランプリ連覇を含む史上最多タイ3度の優勝など通算優勝110回
通算獲得賞金は19億1,782万5,099円。
2002年に記録した年間最高賞金2億4,434万8,500円はいまだに破られていない
自転車競技でも2001年のワールドカップ第3戦(イタリア)で銀メダルを獲得するなどの実績を残した
2014年5月に引退して、現在は競輪評論家として活躍中
また、競走馬のオーナーとしても知られる