【島田明宏(作家)=コラム『熱視点』】 先週の日曜日、JRA馬事公苑で「RRC(Retired Racehorse C…
【島田明宏(作家)=コラム『熱視点』】
先週の日曜日、JRA馬事公苑で「RRC(Retired Racehorse Cup・引退競走馬杯)FINAL 2025」が行われた。全国乗馬倶楽部振興協会が主催する、引退競走馬による馬術の大会である。馬場馬術と障害馬術の2つの競技が行われたのだが、馬場馬術に注目必至のコンビが出場していた。2020年の中京記念を勝ったメイケイダイハード(セン10歳、父ハードスパン)と、同馬を管理していた中竹和也調教師である。
この大会はnetkeibaでもライブ配信されていたので、ご覧になった方も多かったのではないか。会場にはnetkeibaのショップもあり、たくさんのファンが訪れていた。
今もYouTubeで「RRC」と検索するとアーカイブで実況付きの映像を見ることができる。
メイケイダイハードと「中竹選手」が登場するのは1時間4分30秒を過ぎたあたりだ。そこから5分半ほど演技を見られる。
引退競走馬だけの馬術大会というのは、2018年に始まったこの「RRC」のみ。そこに調教師とかつての管理馬がコンビを組んで出場するというのは非常に珍しい、というか、おそらく初めてのことなので、横断幕が出るほどの注目度だった。
結果は、最後まで演技した15人馬のなかで最下位だったが、非常に意義のあるチャレンジだった。
競技終了後、中竹調教師はこう話した。
「馬術に関しては素人です。馬術を競馬に生かす『競馬術』というのがあって、それで馬術を始めたのですが、これだけ本格的な大会に出たのは初めてです」
中竹調教師は1993年に障害最多勝利をマークしたり、1995年にダイカツストームで中山大障害(春)を勝ったりと、障害の名手として鳴らした。
1964年11月の生まれというのは私と同じなので、ずっと気にして見ていた騎手のひとりだった。この年代は、2歳下が競馬学校の第1期生という狭間の世代なので、数が少ないのである。
今回は、「ドレッサージュ」とも呼ばれ、定められた経路を正しく、かつ美しく運動させる馬場馬術での出場だった。
ここに向けて中竹調教師は、メイケイダイハードに乗馬倶楽部で3回、大会前日に馬事公苑で1回乗っただけで、本番が5回目と、十分な練習をすることはできなかった。
「現役時代はこの馬の追い切りにも乗っていました。ただ、これほど1歩1歩、馬の形を考えながら乗るというのは、競馬の世界にはないことです。馬のセカンドキャリアが脚光を浴び、こういう大会などを通じて『自分も乗ってみようかな』と、ひとりでも思ってくれる人がいたらいいですね」
そう話した中竹調教師の障害馬術での騎乗もぜひ見てみたいものだ。
ところで、中竹調教師が使った「競馬術」という言葉を、最近見たり聞いたりすることが多くなった。
中竹調教師はこう解説する。
「競馬術に関してはJRAがいろんな講習を開いています。オリンピアンの戸本一真君や北原広之さんなどが両トレセンに来て、実際に馬を使い、馬術のスキルを競走馬の調教に生かそうとしています。西洋馬術だけじゃなくて、ウエスタンのナチュラルホースマンシップの持田裕之さんや宮田朋典さんらの技術も吸収し、日本独自の調教スキルアップが試されてきています。ですから、20年前と今とでは調教風景がぜんぜん違っていますよ」
この「競馬術」は、まだ定義が定まり切っていない新しい言葉だ。「RRC FINAL 2025」をnetkeibaでライブ配信したことも、また、私がこうしてコラムで紹介することも、「競馬術」のひとつと言えるのではないか。
なお、「RRC FINAL 2025」の馬場馬術には、2021年のマイラーズCなどを勝ったケイデンスコール、2022年の東海Sなどを制したスワーヴアラミス、2024年の七夕賞を勝ったレッドラディエンス、障害馬術には、2019年の京都記念などを勝ったダンビュライト、2020年のニュージーランドTを制したルフトシュトロームといった重賞勝ち馬も出ていた。
さて、「RRC FINAL 2025」の2日前、12月5日に発売された季刊誌『kotoba』(集英社)の特集「競馬を読む」に「なぜ文学は競馬を描くのか」という10ページの読み物を寄稿した。競馬を始めたばかりのころ大きな影響を受けたディック・フランシスの競馬ミステリーと寺山修司の競馬エッセイをはじめ、競馬が歴代の文士たちにどのように描かれてきたのかを書いた。
そして来週の水曜日、12月17日には『世界の涯てを生きるあなたへ 寺山修司詩集』(幾原邦彦・選、双葉社)が発売される。
私は関わっておらず、アニメ監督、音楽プロデューサーでもある選者の幾原さんとも面識はないのだが、この人も私と同い年だ。
本書には、私がすべての詩で一番大好きな「さらば ハイセイコー」も収録されている。競馬に関する詩は、最後のほうの「誇りの地図が必要なあなたへ」に入っているのだが、どこから読んでも楽しめる。
装丁も本文デザインも綺麗で、詩集というのはこんなにいいものなのか、とつくづく思った。そして、詩というのは、小説ともノンフィクションとも違って、生きるためにそれを強く必要とする人がいる、ということを知った。
『読売新聞』の読書欄で紹介されていたのだが、イラン人タレントのサヘル・ローズさんも寺山の言葉が好きなのだという。その記事には「さらば ハイセイコー」の一節<ふりむくな ふりむくな うしろには夢がない>が引用されている。イラン・イラク戦争のさなかに親を亡くし、自分の本名も知らない彼女の心が寺山の言葉を必要としたのだろう。
12月8日深夜に青森県東方沖で発生した地震で、寺山修司記念館のある三沢市は震度5弱の揺れに見舞われた。棚から落ちたものなどもなく、無事だったという。ただ、それとは別に館内設備工事のため11月25日から来年1月3日まで臨時休館中なので、気をつけてほしい。
その近くでサラブレッドの生産をしている織笠時男さんも、被害は玄関のガラスが割れたくらいで、人馬ともに無事とのこと。
さらに激しい震度6強の揺れに襲われた八戸市の最年少ダービージョッキー・前田長吉の兄の孫の前田貞直さんのお宅は、背の高いCDケースが倒れたりテレビが落下したりと大変だったようだ。が、貞直さんも奥さんも無事だと聞いてほっとした。