元ホンダ・浅木泰昭 連載「F1解説・アサキの視点」第3回 後編 2026年からアストンマーティンと組むホンダ、ハースと提…

元ホンダ・浅木泰昭 連載
「F1解説・アサキの視点」第3回 後編

 2026年からアストンマーティンと組むホンダ、ハースと提携するトヨタといった日本の自動車メーカーは、F1を通じた人材育成を主要なテーマとして掲げている。参戦を通じて、どんな人材が育ち、企業にはどんなメリットがあるのか。

 元ホンダ技術者の浅木泰昭氏による連載第3回のテーマは、「自動車メーカーがF1参戦で得られるものとは?」。後編では、サラリーマンによる「日本式F1ビジネス」の難しさや、人材育成の課題について語ってもらった。



トヨタは2026年からハースのタイトルパートナーになることが決まった photo by Toyota

【"日本式F1"は持続可能なのか?】

 自動車メーカーが長期的に安定するために、パワーユニットを開発する自動車メーカーにも分配金を回してほしいと話しました(第2回)。そうすると、メルセデスやルノー(アルピーヌ)、2026年から参戦するアウディのように、ホンダも自らF1チームを所有すれば分配金が支払われるので、撤退と参戦を繰り返すことなくF1に参戦し続けることができるだろう、という人がいます。

 しかし、コンストラクター(チーム)としてF1に参戦すれば、ホンダは新たな課題に直面することになると思います。というのも、F1は世界最高峰のモータースポーツであると同時に、巨大なお金が動く興行の世界だからです。

 そこを取り仕切る海千山千の猛者たちを相手に日本のサラリーマンが交渉を行ない、ビジネス的にも政治的にも有利な条件を引き出しながら、チームを運営していけるのか? そんなことが簡単にできるとは私には到底思えません。むしろ、もっとも不得意なところなのではないかなと感じています。

 結局はメルセデスやルノーなどと同様に、"F1村"から膨大なお金を払って誰かを引き抜いてきて、その人材をチームのトップに据えるということになる。技術開発の面でも同じです。ホンダがこれまでやってきた、世界最高峰の舞台で技術者を育てるという趣旨とはまったく違うものになります。

 優秀なエンジニアを高給で他のチームからどんどん引っ張ってきて、主要なポジションに配置して、強いチームを作ることになるでしょう。そうすると、ホンダというチームで優秀な技術者が育ったとしても何年かすればいっそういい待遇を求めて他のチームへ移籍し、F1村のなかで人材がぐるぐると還流するだけで、ホンダ本社に何も還元がされなくなってしまう。

 これまでのホンダはF1参戦を通して人材育成を行なうなかで"変わり者"が出てきて、世界一の偉業を達成したり、世の中を変えるような画期的な商品を開発したりして会社を成長させてきました。そういう歴史は途絶えてしまうことになると思います。

【ハースと提携するトヨタの人材育成】

 日本企業では、トヨタが2024年10月、小松礼雄代表が率いるハースと提携し、車両開発や人材育成で協力していくと発表しています。2026年からはハースのタイトルパートナーになることも決まりました。トヨタとハースの関係がこれからどんな展開になるのかすごく楽しみにしていますが、人材育成はひと筋縄ではいかないのではないかなと感じています。

 人材育成でポイントになるのは、失敗した時に誰が責任を取るのかということだと思います。たとえば、空力の開発に関しては「トヨタにすべて任せるので責任も全部取ってくれ」という話であれば、人材は育つかもしれませんが、「そんなところまでやるのですか?」ということになります。

 2026年、レッドブルと組んでパワーユニットを作ると言われているフォードも一緒です。おそらくレッドブルの首脳陣は「フォードのおかげで開発が進んだ」などと言うでしょうが、実質的にはパワーユニットに「フォード」とブランド名を入れるためのスポンサー契約なのだと思います。

 やはりパートナーを組むお互いが覚悟を持って、それぞれの領域で「自分たちが責任を持って開発する」という関係性でないと、戦いの現場では一緒に働くことはできませんし、人も育たないと思います。

【責任と重圧がない環境では人は育たない】

 ホンダはレッドブルと組む前、マクラーレンに2015年からパワーユニットを供給していました。しかし、パートナーシップを組んで3年経っても全然勝てないどころか、完走さえもままならず、マクラーレンから非難され、世界中のメディアからも叩かれ、ホンダの社内からも「大金を使っているのにブランド価値を落としているじゃないか」と散々責められました。

 ボロカスに叩かれるなかでもあきらめずに挑戦し続け、勝てるパワーユニットを開発したからこそ人は育ちますし、自信をつかむことができる。プレッシャーのないところ、叩かれないところでは人は育ちません。負けたらマクラーレンのせい、勝った時はホンダのおかげ、そんな環境のなかで人材育成なんてありえないと思います。

 成功と失敗はセットだと私は考えています。2026年からF1には新しい自動車メーカーが参戦しますが、デビューしても苦しいままで終わり、そのまま撤退を余儀なくされるメーカーが出てくる可能性もあります。

 でも、踏みとどまって挑戦を続け、成功をつかみ取ったところは人材が確実に育っていくだろうし、そこにドラマや伝説が生まれ、最終的に企業のブランドイメージを高めることにつながっていくのではないかなと私は考えています。

第4回へつづく

前編から読む

<プロフィール>
浅木泰昭 あさき・やすあき/1958年、広島県生まれ。1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職。現在は動画配信サービス「DAZN」でF1解説を務める。初の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)が好評発売中。