五輪シーズンのグランプリ(GP)ファイナルは、やはり特別な空気が流れる。五輪出場がかかる全日本選手権につながる"前哨戦…
五輪シーズンのグランプリ(GP)ファイナルは、やはり特別な空気が流れる。五輪出場がかかる全日本選手権につながる"前哨戦"の側面もあるからだろう。そのスパイスが、世界でたった6人しか出られない最高峰の大会をさらに特別に仕上げるのだ。
当然、緊張感は半端ではない。今までうまくいっていたジャンプがうまくいかない。うまくいかなかったはずのジャンプがうまくいく。そこに生じた重力を敵にするか、味方にするかでスケーターたちは岐路に立つ。
男子シングル、女子シングル、彼らはいかにファイナルを戦ったのか?

GPファイナルで日本勢トップの総合2位に入った中井亜美
【イリア・マリニンが見せた異次元の強さ】
男子シングルは、鍵山優真が2位、佐藤駿が3位でそれぞれ力を示した。どちらも昨シーズンのGPファイナルと同じ順位だった。約2週間後の全日本の結果次第だが、ふたりは五輪出場に王手をかけたと言っても過言ではないだろう。さらに言えば、世界でもメダルが射程距離圏内に入った。
焦点は、世界王者イリア・マリニン(アメリカ)とどこまで戦えるのか、だ。
今大会、マリニンはショートプログラム(SP)で大きく出遅れている。代名詞のクワッドアクセルは回転不足で失敗。首位に立った鍵山に14点差以上も離されていた。ところが、圧巻の演技で巻き返す。
フリーはクワッドアクセルを含めて6種類7本の4回転ジャンプをすべて着氷。自身のフリー歴代最高得点を更新する238.24点を記録した。6位のミハイル・シャイドロフ(カザフスタン)の合計242.19点に迫る勢いで、ド派手な逆転優勝をやってのけたのである。
「彼は別で......次元が違う」
佐藤がそう言ってしまうほど、破格の構成、点数だった。
もっとも、佐藤はマリニンをSPではリードし、フリーでも食らいついていた。マリニンの次の演技で会場がふわふわした空気になるも、取り込まれることなく、上質な演技でフリーでも3位に入る演技を見せた。
また、鍵山はSPで4年ぶりに自己ベストを更新して首位に立った。自身が北京五輪で作った高い壁に挑み続け、見事に乗り越えている。フリーは2本の連続ジャンプのセカンドが3回転のところで2回転になってしまい、4位となったが......。
「正直、めっちゃ悔しいです。(コーチである)父にも『世界一を取ろう』と言ってもらって、自分に集中し、やる気もみなぎっていたんですけどね」
鍵山は悔しげだったが、どこか明るかった。完成形はこれからだ。
日本のトップスケーターふたりは切磋琢磨を続けてきた。マリニンは異次元だが、無敵でもない。勝機は必ずある。
【本命不在のまま五輪の決戦へ】
女子シングルでは、日本人選手が坂本花織を筆頭に千葉百音、中井亜美、渡辺倫果と6人中4人で、まさに百花繚乱だった。表彰台独占も不思議ではない威勢を誇る。彼女たちは"明暗を分けた"という意味でも主役だった。
SPでは坂本がルッツをノーカウントにしてしまい、図らずも波乱の主役となった。本人も呆然とするほど、練習でも見られないミス。現役最後のシーズン、演技後はこみ上げる涙に声を震わせていた。
一転、フリーでは貫禄の1位だった坂本は、総合3位に滑り込んでいる。ちょうど取材エリアで、その事実を知った彼女は膝から崩れ、スタッフから渡されたティッシュで涙をぬぐっていた。これもひとつの物語だ。
一方、SP1位だった千葉は、脚光を浴びていた。他を寄せ付けないほどの明るい演技だった。フィニッシュポーズは、まさに主役の表情だった言える。ところが、フリーでは2度の転倒があって6位に甘んじ、総合5位と表彰台からも滑り落ちた。
「今まで感じたことがないくらい力が入らず......練習してきたことを出せなかったことが、一番の屈辱です。頑張ってきた自分を裏切ることになってしまいました。いつもだったら悔しさがこみ上げてくるはずなのに、今は気持ちが空っぽで」
千葉は虚ろな表情で語り、気の毒なほどだったが、全日本では再生のヒロインとなれるか。
渡辺はSP、フリーで3本のトリプルアクセルに成功した。大舞台でこれは簡単なことではない。細かいジャンプのミスが目について、総合6位だったが、トップとも15点差しかない。
「渡辺は爪痕を残してくれました。プレッシャーのなかで戦い続けてくれて。思ったような結果ではなかったですが、今の倫果が最高ですね」
中庭健介コーチは、渡辺の健闘を称えていた。
総合2位で躍進を遂げたのは、渡辺と同門(MFアカデミー)の中井だった。SPは冒頭のトリプルアクセルがステップアウトも、その後はプログラムの魅力を最大限に引き出していた。フリーはルッツのセカンドでトーループをつけられなかったが、フリップ+トーループでリカバリー。17歳とは思えない芯の強さを感じさせ、"何かをやってのけそう"という空気をまとっていた。
そして大会を制したのは世界女王、アリサ・リュウ(アメリカ)だった。同胞マリニンのように人間離れした技を繰り出すわけではない。しかし、プログラムの完成度がSP、フリーで高かった。どちらもトップに立てなかったが、トータルでそろえて優勝した。演技を通して力みがなく、鋼のメンタルではなく、しなって折れない竹や柳の境地というのか。
最後にアンバー・グレン(アメリカ)は、SPでトリプルアクセルがノーカウントになったのが響いた。フリーではトリプルアクセルに成功。総合4位で巻き返しは及ばなかったが、五輪に向けては挽回してくるはずだ。
GPファイナルを五輪の前哨戦と捉えた場合、女子は「本命不在」といったところか。6人にメダルのチャンスがある。竜虎相うつことになるだろう。次の物語の予感だ。