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 マイケル・ジョーダンは今、”コート”で戦っている。しかし、それは我々が慣れ親しんだ両端にリングが配置されたコートではなく、法廷である。

 バスケットボールの神様は、共同オーナーを務める「23XIレーシング」とフロント・ロウ・モータースポーツとともに、米ストックカーレース「NASCAR」を独占禁止法違反で提訴している。ジョーダンは最近、ノースカロライナ州シャーロットの連邦地裁で証言台に立ち、「この訴訟は、NASCARの中で公平に扱われていないすべての人のためだ」と力強くコメントした。


 NASCARとは、全米各地のオーバルコースやロードコースを舞台に、市販車風の「ストックカー」で戦う全米屈指の人気レース。年間数十戦が行われ、観客動員やテレビ視聴数の面でアメリカ最大級のスポーツリーグのひとつと位置づけられており、映画『カーズ』のモデルにもなったことでも知られている。ジョーダンは、2020年にトップドライバーのデニー・ハムリンと共にチームを立ち上げ、NASCARに参戦。車体の生産はトヨタが請け負っており、これまでに通算勝利9勝をあげている。

 現在、ジョーダンたちが問題視しているのは、この興行を支える「チャーター」と呼ばれるビジネスモデルだ。チャーターとは、カップ戦に毎週出走する権利のこと。発行数には制限があり、数年前に数百万ドルで取得できたこの権利は、今では1件につき4500万ドル(約69億8000万円)規模で取引されるまでに価値が膨れ上がっている。それにもかかわらず、チャーターはNBAのようなフランチャイズにはない“有効期限”があり、その更新条件はNASCAR側が一方的に決める構造となっている。

『The Guardian』は、この仕組みを「持ち家を購入したつもりが、大家に『数年ごとに更新しろ』と言われるようなもの」と例えた。実際、NASCARは2024年、15組のチームオーナーに対し、2025〜31年向けの112ページにもおよぶ新チャーター契約に6時間以内にサインするよう迫ったとされている。結果として13チームは署名したが、23XIとフロント・ロウの2チームだけが拒否し、両陣営は契約の代わりに訴訟へ踏み切ったという経緯である。

 原告側の主張は「年間数千万〜数億ドル規模の投資を求められる一方で、その見返りとなる居場所や収益配分はNASCARの裁量次第で、資産としての安定性がない」というもの。ジョーダンはチームに少なくとも4000万ドル(約62億1000万円)を投じたとされるが、それでも「来季以降もグリッドに並べるかどうかを決めるのはNASCARだ」と苦言を呈しており、チーム側はチャーターがNBAのフランチャイズ権のように、恒久的かつ譲渡可能な資産として扱われるべきだと訴える。

 一方、NASCAR側は独占禁止法違反を全面否定している。新チャーターはむしろチームへの分配金を増やす内容であり、オープンエントリーとして出走できる仕組みがある以上、反競争的ではないと主張。さらに、リック・ヘンドリックやロジャー・ペンスキーといった大物オーナーたちが現行モデルを支持していることも強調されている。

 ジョーダンのパートナーであるハムリンは、現行のチャーター契約を「チームにとっての死亡証明書のようなもの」と表現。費用高騰と収益のミスマッチが続けば、多くのチームが持続不可能になると警鐘を鳴らした。また、ジョー・ギブス・レーシングの共同オーナー、ヘザー・ギブスも、新契約への署名を「何百人もの従業員の生活と故ジョー・ギブスのレガシーを守るために、頭に銃を突きつけられたような状況で押されたサインだった」と振り返っている。

 この裁判が注目されている理由は、単なる金銭問題にとどまらない。陪審が原告側を支持すれば、チャーター制度の抜本的な見直しや、NASCARの一部売却命令といった構造改革が命じられる可能性があるのだ。一方で、NASCARが勝訴すれば、23XIやフロント・ロウは2026年以降の体制維持が難しくなり、未配分のチャーターが別の持ち主の手に渡るかもしれない。

 バスケットボール界の象徴は、モータースポーツのビジネスモデルに異議を唱えている。2度のスリーピートを達成したMJは、こちらのコートでどのような結末を迎えるのだろうか。

【動画】ジョーダンの裁判の模様を伝える現地映像