東京ヴェルディ・アカデミーの実態~プロで戦える選手が育つわけ(連載「僕なんかはあまり試合に出ていなかったから、正直、他人…

東京ヴェルディ・アカデミーの実態
~プロで戦える選手が育つわけ(連載

「僕なんかはあまり試合に出ていなかったから、正直、他人事みたいなところはあるかもしれない。当事者意識は、他の選手に比べたら低いのかもしれないですね」

 11年前の出来事について尋ねると、そう話したのは、横山暁之である。

 現在、ジェフユナイテッド千葉で背番号10を背負う横山は、東京都町田市出身で東京ヴェルディのアカデミー育ち。ユースチームに所属していた高校3年生の時、高円宮杯U-18プレミアリーグEAST(以下、プレミアリーグ)からの降格を当事者として味わったひとりである。

 しかしながら、苦しかったシーズンについて、中盤戦で8連敗したことくらいは覚えているが、「(それ以外のことは)ほとんど記憶にないんですけど......」というのが、横山の正直な気持ちだ。

「試合に出ていないから、もう自分のことで精一杯というか、チームの雰囲気がどうなのかとか、あまり気にできるような状況ではなかった。たぶん自分もまだまだ精神的に子どもだったし......、あまり記憶にないですね」

 のちにプロとしてJリーグでプレーすることになる横山ではあるが、当時は必ずしも充実したユース時代を過ごしたわけではない。

 テクニックに関しては周囲がいち目置く存在ではあったものの、線が細く、なかなか公式戦出場の機会に恵まれなかったからだ。

 横山自身、ヴェルディのアカデミーで過ごした日々を、「今思うと、楽しかったことよりも、しんどかったなってことのほうが多かったですね」と振り返る。

「全員がプロを目指している集団だったので、仲間としての意識よりも、個人個人のギラギラ感というか、負けず嫌いが全面に出ている感じで。うまい表現が見つけられないんですけど......、独特の雰囲気があるグラウンドでした。

 そのなかで僕は、中学、高校とほとんど試合に絡めなかった。やっぱりサッカーが中心の世界なので、試合に出ている選手がサッカー以外の時間でも中心にいるような感じで、僕はそのチームが作っている雰囲気の中心ではなく、端っこにいるような存在だったので......、めちゃくちゃ楽しかったなっていう感じではなかったですね」

 練習が厳しいとか、ついていけないとか、そういう話ではない。横山自身の言葉を借りれば、「ウェルディがどうこうっていうよりかは、単純に自分自身の問題。自分の価値を感じられないっていうのが大きかった」のである。

「周りにはすばらしい選手がたくさんいて、ポテンシャルにあふれている多くの選手たちのなかで、自分は口ではプロサッカー選手になりたいって言っているけど、どこかそれに行動がともなっていなくて......。本当、口だけ達者だったなって思います(苦笑)。

 周りから見たら、『おまえ、本当にプロになるために行動しているのか』って思われるような、そういう状況だったと僕自身思いますし、もがいていたような時間でした」

 アカデミー時代の同期には、のちにユースチームからのトップ昇格を勝ち取る中野雅臣や三竿健斗(現鹿島アントラーズ)らがいたが、「雅臣も健斗ももう全然、(自分の)比較対象にもならないくらいな感じでした」。

 とはいえ、ヴェルディのアカデミーが長年軸に据えてきた技術重視のスタイルは、自分に「めちゃくちゃ合っていたと思います」。

「僕なんかがヴェルディを語ることが、はたして正しいのかどうかわからないですけど......、ただ、中学から高校に上がる時も、僕はほとんど試合に出ていない状況でユースに上げてもらえた。それはやっぱり自分のプレースタイルのなかにどこかヴェルディらしさがあって、それを評価してもらえたのかなっていうのはありました。

 僕はフィジカル的にすごく弱い選手だったので、たぶん他のクラブだったら消えていくような、そういう選手の代表例なのかなって思います。あの(ヴェルディ独特の)世界のなかだから生きてこられたのかなっていうのは、確かにありますね」

 ユースチームの最上級生となった2014年、横山のプレミアリーグ出場記録は、全18試合中9試合。そのうち先発出場は、わずか2試合にすぎない。

 さしたる記憶が残っていないのも無理はなかった。

(文中敬称略/つづく)