練習はせいぜい3時間、朝練なし…「もう本当に時間が限られている」 群馬県有数の進学校として知られる高崎高校、通称「タカタ…

練習はせいぜい3時間、朝練なし…「もう本当に時間が限られている」

 群馬県有数の進学校として知られる高崎高校、通称「タカタカ」。今夏の群馬県大会で21年ぶりのベスト4進出と躍進を遂げ、秋季大会でもベスト4入りを果たした。生徒たちは「甲子園もいける」と確かな手応えを掴んだ一方で、飯野道彦監督は甲子園を目指すことを“明確な目標”には掲げていない。そこには、進学校ゆえの葛藤も影響している。

 タカタカは文武両道を掲げ、学習と部活動の両立を理想としている。「勉強しろ、野球しろというよりは『とにかくすべてに全力で取り組みなさい』と伝えています。私も教員ですから、部活動以外の業務も多々あります。私自身、常日頃から可能な限り必要なことは行うようにしている。その背中を見て、自分たちもやろうと思ってもらうのが私の考えですね」。飯野監督はそう語り、「生徒たちは本当に忙しい。大変だけれど、それを毎日こなしている。そこがうちの強みです」と胸を張る。

 日が長い時期でも練習はせいぜい3時間。朝練はなく、定期試験の1週間前は部活動が禁止となる。野球にかけられる時間は物理的に少ない。だからだろう、練習中は常にダッシュで移動する。少しでも時間を確保したいという意志が、些細な場面でも垣間見えた。2年生の宮石悠歩投手は「もう本当に時間が限られているので。細かく時間を区切って、移動中の時間も大事にしています」と話す。

 試合前のバスでは勉強する生徒が大半だ。隙間時間を最大限活かそうとする姿勢は、野球部に綿々と受け継がれている文化の一つ。文武両道を体現し、夏・秋ともにベスト4という結果を残した。だが、準決勝ではともに16失点以上のコールド負けで。秋に敗れた桐生第一戦、選手たちが感じたのは厳然たる“違い”だった。

「実際に相手にしてみると、かなり体格差があって緊張しました」(主将・多胡絢稀外野手)「ショートを守り、ピッチャーとしても投げましたが、体の大きさが違うなと試合中に感じました。体をもっと大きくしないと。少し怖かったですね」(坂下悠真内野手)「本当に体の大きさが違って……分かってはいましたけどビックリしました」(小島大和投手)

準々決勝までは平常心を保てるも…準決勝で起きた“異変”

 現在の2年生に、夏大会でもスタメンだった選手はいない。それでも「先輩たちを超える」と目標を掲げ、準決勝まで勝ち進んだ。しかし、待っていた現実は同じく大敗。「怖かった」という声も漏れるなか、飯野監督も生徒たちから恐怖心を感じ取っていたという。

「いつもならもっと積極的なプレーができていたはずなのに、強い打球を意識してからか、少し後ろに守ったりスタートが遅れたり。自分からすると同じ高校生なので、そこまで恐れることはないなと思うんですけどね」。一方で、勝利した夏の桐生第一戦については「場面場面に集中し、ゾーンに入っていたのだと思います」と振り返る。

 目の前のことに全集中し、準々決勝までは保つことができた平常心。しかし、「甲子園」という文字が少しずつ現実味を帯びるにつれ、生徒たちには“邪念”が入り込んでしまった。視線が「現在」ではなく「未来」に向き、地に足のついたプレーができなかったことが、コールド大敗の要因の一つでもあった。

 もちろん、大きな目標を掲げることが悪いわけではない。しかし、甲子園を絶対的な目標に掲げてしまうと「ウチが目指した時に、多分相当苦しくなっちゃう」と飯野監督は危惧する。強豪私学であれば、甲子園出場こそが至上命題であり、達成できなければ失敗とも言われるかもしれない。だが、高崎高校は前述の通り勉強も重視しており、練習時間は限られる。その中で、常に「負けられない重圧」と向き合い続けることが、果たして“タカタカらしい”のか――。

「本気で甲子園に行くには、それを明確な目標にして、普段から意識しなくてはいけません。でも群馬県だと1校、選抜だってそんなに甘くはないので、甲子園を絶対的な目標にして『行くんだ』ってなった時に、今度は楽しさが失われてしまうかもしれない、というのはあるんですよね」

 監督の言葉からは確かな葛藤が感じられた。では、甲子園を絶対の目標にしない代わりに、高崎高校野球部はどこに向かうのか。「私は生徒たちに、社会を変えてほしいなと思ってるんです。もちろん、甲子園行けば社会は変わるんですけど、『世の中を変えてほしい』ということも1つ目標にしています」。

 あまりに壮大なプラン。そこには、今の野球界が抱える問題をも意識した、教育者としての想いが込められていた。(新井裕貴 / Yuki Arai)