【憧れの人・浅田真央の前での演技】 12月6日、名古屋。グランプリ(GP)ファイナル、女子シングルでフリーの戦いの火蓋が…
【憧れの人・浅田真央の前での演技】
12月6日、名古屋。グランプリ(GP)ファイナル、女子シングルでフリーの戦いの火蓋が切られようとしていた。6分間練習の一幕だった。
場内に浅田真央が招待されていることがアナウンスされ、モニターにも姿が映し出される。画面のなかの浅田は恐縮した様子だったが、周りに促されて立ち上がって会釈をすると、大歓声が巻き起こった。本人はあくまで「主役は選手」とわきまえて控えめな行動だったが、スーパースターの輝きは隠しても眩しい。
そして、この輝きに照らされた選手がリンクにいた。17歳の中井亜美は、シニアデビューシーズンのGPシリーズ・フランス大会でいきなり優勝を飾り、GPファイナルに出場していた。
「憧れの人」
中井にとって、浅田はフィギュアスケートを始めるきっかけだった。テレビ画面に映る艶やかな姿に"恋慕"した。浅田の代名詞のひとつであるトリプルアクセルでも継承者のひとりになった。
「真央ちゃんに見てもらえるように頑張る!」
リンクサイドの中井ははしゃいでいたが、その衝動も覚醒の触媒になったーー。
GPファイナル初出場で2位に輝いた中井亜美
【完璧なトリプルアクセルを披露】
中井はショートプログラム(SP)で3位につけていた。得意のトリプルアクセルはステップアウトになったが、少しもひるまなかった。小さな体が大きく弾むような演技は出色で、着実に加点した。
しかし、彼女の真骨頂はフリーだった。
「こっち(名古屋)に来てから、トリプルアクセルは本調子ではありませんでした」
中井はそう明かしているが、フリーでは冒頭のトリプルアクセルを完璧に降りている。これで、一気に会場のボルテージが高まった。次の3回転ループ+2回転トーループも成功した。
彼女の真価はここからだった。3回転ルッツ+3回転トーループの着氷が乱れ、セカンドをつけられない。このルッツ+トーループは練習でもほとんど失敗しないだけに、混乱がないはずはなかった。このままだと大きな痛手になってしまうが、少しでも焦ったらスケーティングに影響を及ぼし、思わぬミスの連鎖を招くことになる。
大舞台の正念場だったが、中井は驚くほど落ち着いていた。まずはフライングシットスピンでレベル4を取り、コレオで観客を沸かすと、3回転ルッツ+ダブルアクセル+ダブルアクセルの大技コンボを成功。
そして、後半の3回転フリップに3回転トーループをつけている。難なくやってのけたが、練習でもフリップ+トーループはほとんどやっていなかったのである。
中井はゾーンに入ったのか、ステップ、スピンとすべてレベル4でプログラムを完成させた。146.98点で堂々の2位。トータルでも220.89点で、世界女王アリサ・リュウとわずか1.6点差の銀メダルだった。
【初出場銀メダルに「実感ない」】
「中井が練習をちゃんとしてきたというのが出た試合だった。『このミスが起きたら、こうしなさい』という指導もしてきましたが、彼女はそれを理解する"スケートIQ"が高い。そして、それを実現する技量があるのがいいところだと思います」
中庭健介コーチは、教え子である中井の機転のよさと磨いてきた技術を称賛していた。ルーキーの怖いもの知らずか、生来の勝負度胸か。彼女の場合、きっと後者なのだろう。ルーキーがSPやフリーのどちらかで、目覚ましい演技を見せることはあるが、両方とも高いレベルの演技を見せるには、メンタルと実力のどちらも不可欠だ。
「人生で一番、緊張しました」
一方、中井は高校生らしくはつらつと振り返っている。
「表彰台には乗れると思っていなかったのでよかったです。試合が少し怖かったし、最下位になるんじゃないかっていう緊張感もあったんですが、跳ねのけられた。でも、2位という実感はまだありません。すばらしい選手の皆さんと一緒に滑ることができたよかったし、フリーはトリプルアクセルを着氷できたのがいい経験だったなって思いますが」
2位が信じられない。それを無欲、無邪気と片づけるのはたやすいが、むしろ意欲と知性を鍛錬した勝利だろう。ズレかけていたアクセルの感覚をアジャストさせ、失敗したセカンドトーをリカバリーする。その適応力こそ、彼女の強さの源泉だろう。
【五輪代表候補に名乗り】
そして特筆すべきは、中井が憧れの浅田の存在に触発され、情動を力に変換していた点だ。
「6分間練習で、浅田さんが来ているのを知って驚きました。浅田さんの前で演技できる機会は少ないし、これが最後かもしれないし、いい演技をしてトリプルアクセルを着氷させたいと思いました。楽しみな感じで演技ができてうれしかったです」
浅田が紡いできたフィギュアスケートの時代を、中井はひとりのスケーターとして継承した。
2週間後、東京で全日本選手権が開催される。ミラノ・コルティナ五輪出場も、にわかに圏内に入ってきた。
「オリンピックは近づきすぎなくらい近くなって、正直、いいのかなって思っちゃうくらいです。全日本ではプレシャーがかかるのは今からわかっているのですが、それに負けないくらい自分を持って挑めたらと思います」
中井は毅然として言った。17歳の"宣戦布告"だ。