「いったい、ここはどこなんだ?」 小さな野球場のスタンドで、薄暗い照明に照らし出されたフィールドを眺めながら不思議な気分…

「いったい、ここはどこなんだ?」

 小さな野球場のスタンドで、薄暗い照明に照らし出されたフィールドを眺めながら不思議な気分になる。周囲から聞こえてくるのは英語だ。たまに「バモス(行け!)」とスペイン語が混ざるのは、アメリカのボールパークでは日常の風景だ。スタンドを出れば、ホットドッグやハンバーガー、ポップコーンがコーラとともに売られている。


11月に開幕した中東初のプロ野球リーグ「ベースボール・ユナイテッド」

 photo by Asa Satoshi

【ドバイを彩る野球の新風景】

 しかしここはアメリカではない。球場のスタッフの多くはフィリピン人で、スタンド下の出店ブースには日本人が並んでいる。外野席にはコロンビア人の楽団が陣取り、日本のプロ野球に倣ったのか、トランペットを吹き鳴らしている。

 ただし、自軍が攻撃していようが守備についていようがお構いなしで、四六時中『ロッキーのテーマ』や『Y.M.C.A』を演奏している。

 その周りで盛り上がっているのは、インド、パキスタン、バングラデシュ、ネパールから来たという出稼ぎ労働者だ。ルールを把握しているのかわからないが、彼らのテンションがマックスになるのは、地元インターナショナルスクールの女子学生がイニングの間に披露するチアダンスの時間だ。

 私の横に座っていたアフリカ・ウガンダからやってきたという警備員は、目が肥えているのか、一つひとつプレーに解説つきで声援を送る。

「以前に行なわれたエキシビションでも警備を担当したんだ。ルールを覚えりゃ、面白いスポーツだね」

 別の日には、警備会社の社員だというケニア人招待客のグループが、「オーレ、オーレ」とフィールドの選手にエールを送っていた。

 11月15日、中東初のプロ野球リーグ「ベースボール・ユナイテッド」のシーズン1が開幕した。人呼んで「ドバイ野球」。今世紀になって急拡大しているグローバルシティ、ドバイで開始されたウインターリーグだ。

「野球というスポーツは学校で知ったわ。クリケットに似ているからルールはなんとなくわかるの」

 学校から招待券をもらって来場したという地元の女子大生くらいしか、スタンドにはエミラティ(ドバイが属するアラブ首長国連邦の国民)はいない。


外野席で盛り上がる観客たち

 photo by Asa Satoshi

 現地在住のアメリカ人やベネズエラ人、日本人がチケットを購入して入場している一方で、それ以外の客層は、プロモーション期間ということもあり、リーグ当局が招待した南アジアの人々がスタンドの「多数派」を占めている。

 彼らに「野球のルールはわかっているか?」と尋ねると、ドリンクやTシャツ、タオルのお土産つきの"招待枠"らしいたしなみとして、「少しはね」とお茶を濁す。

 ただ、彼らがそれなりに盛り上がるのは、チアリーダーの存在だけが理由ではない。フィールドでプレーするチームが「ムンバイ」「カラチ」と、彼らの母国の都市名を冠していることも大きい。実際、両チームにはインド人やパキスタン人選手が数名在籍し、試合にも出場している。

【17カ国から選手が集結】

「目指すは世界一のウインターリーグだ」

 そう語るのは、アジア担当スカウトで元日本ハムのカルロス・ミラバル氏。その言葉どおり、一昨年以降、これまで二度行なわれたエキシビション・ゲームには、ロビンソン・カノやディディ・グレゴリアスらメジャーで一時代を築いた選手が参加し、その噂は日本にも伝わってきた。

 しかし、彼らは記念すべきシーズン1にはいない。有名選手に頼るのではなく、このリーグの本来の目的である「世界中から新たな才能を発掘すること」へと舵を切ったのだと、リーグ創設者のカッシュ・シャイフ氏は語る。

 その理想に共感したからこそ、20人のメジャーリーガーたちが、中東の砂漠にボールパークをつくり、プロ野球を開催するという、一見無謀とも思えるプランに出資したのだ。

 実際シーズン1には、日本、アメリカ、メキシコ、ベネズエラといった"野球国"の選手だけでなく、インド、パキスタン、フィリピン、さらにイギリス、ドイツ、フィンランド、東欧諸国、南アフリカなど、じつに17カ国から選手が集まっている。

 とにかく野球というスポーツを、エミラティをはじめ、このドバイという街に集まる世界中の人々に知ってもらいたいとの思いから、さまざまな独自ルールが採用されている。


イニング間に披露される地元インターナショナルスクールの女子学生によるチアダンス

 photo by Asa Satoshi

 試合中であれば何度でも出場できる代走専門の「指名代走(Dランナー)」や、ホームランで得点が倍になる「マネーボール」は以前から発表されていたが、投手が三振を奪えば一瞬にしてそのイニングが終わる「ファイアーボール」が追加されることが開幕戦で新たに発表された。

 冒頭で紹介した楽器を使った応援も、観戦をより楽しめるものにするための工夫だ。突如として誕生したプロ野球リーグには、当然ながらまだ固定ファンがいない。そこで、外野席に陣取る楽団はリーグ側が用意したものだ。

 リーグCEOのカッシュ氏はシーズン1の開幕に先立ち、日本、メキシコ、ドミニカの各スタジアムを訪れ、それぞれの応援文化を視察したという。野球の興行において、スタンドの盛り上がりが欠かせないことを理解し、その要素を中東の地にも取り入れたのだ。

 スタンドの多数派を占める南アジア出身の招待客たちの反応を見ていると、内野で繰り広げられるゲッツーなどのプレーには、いまひとつピンと来ていない様子だが、クリケットが盛んなお国柄とあって、大飛球が外野へ飛ぶと一気に盛り上がる。もっとも、その熱気もチアリーダーの登場にはかなわないのだが......。

【ドバイ流セレモニーの衝撃】

 11月14日からの開幕3連戦は、ムンバイ・コブラズ対カラチ・モナークスのカードで行なわれた。記念すべきリーグ第1戦は、満席となる3000人の観衆でスタンドが埋まったという。

 リーグ登録選手のなかに地元・ドバイ出身の選手はひとりもいないが、試合前に流れる国歌はもちろんUAE(アラブ首長国連邦)の国歌だ。この不毛の地に野球の種を蒔く機会と場所を与えてくれた国への感謝、そして中東に野球が広まることへの願いを込めて、一同はビジョンに映し出されたUAE国旗に敬意を示す。

 そして何より、試合前の最大の見どころは先発投手の登場シーンだ。日本ではリリーフカーが定番だが、ここドバイでは先発投手が、両翼ポール近くのファウルゾーンに設けられたブルペンからラクダに乗ってマウンドへと向かうのだ。あまりの高さに、投手たちは少々不安げな表情を浮かべている。ある意味、試合前の緊張もどこかへ吹き飛んでしまいそうだ。


ラクダに乗って登場する先発投手

 photo by Asa Satoshi

 このセレモニーは先発投手だけで、リリーフ投手は小走りでマウンドへ向かう。それでも、なぜかラクダは試合の半ばまでブルペン奥に鎮座し、異国から持ち込まれた人間のゲームをじっと眺めている。

 プロ経験の浅い選手も多いなか、WBC代表を含むマイナーリーガー主体の試合は、十分観戦に耐えうるレベルに仕上がっている。ネット裏に陣取る目の肥えたアメリカ人ファンも、久しぶりに目にするプロ野球に満足している様子だ。

 試合終盤になると、両軍がそれぞれ持つ3枚のカードの応酬となる。逃げ切りを図るチームは、イニングの先頭から速球派のリリーフを送り込むと同時に、ファイアーボールのカードを切る。一方、一発逆転を狙うビハインド側は、ランナーが溜まるとマネーボールを宣言する。ある意味では、監督の勝負勘が勝敗を大きく左右するのだ。

 将来的には開催期間を延ばしていく予定だが、「シーズン1」はわずか1カ月の短期開催。はたして、砂漠のスタジアムに観客は集まるのか。ベースボール・ユナイテッドのこれからに期待したい。