2025年のJ1リーグもクライマックス。首位の鹿島アントラーズは優勝のプレッシャーの中で、苦しみながらも勝利した。勝点…
2025年のJ1リーグもクライマックス。首位の鹿島アントラーズは優勝のプレッシャーの中で、苦しみながらも勝利した。勝点3を積み上げたわけだが、その大熱戦の裏側には、対戦相手である東京ヴェルディが披露したものも含めて、雌雄を決す「3つのマジック」があったという。サッカージャーナリストの後藤健生が、その瞬間を試合の経過とともに、詳らかにする!
■「決定機の数」では東京Vが上回るも…
23分には、左ウィングバックの深澤大輝がボールを奪い、ロングボールを使って右サイドを駆け上がった松橋優安につなぐ。そして、松橋のクロスに、染野唯月がドンピシャのタイミングでヘディング。ボールはゴールの枠をきっちりとらえていたが、鹿島のGK早川友基がジャンプしてしっかりとキャッチする。
さらに、32分には左サイドでパスをつないで形をつくった東京V。最後はペナルティーエリア内で森田からのパスを受けた松橋が落ち着いてDFのマークを外して左下隅に正確なシュートを飛ばしたが、この至近距離からのシュートも素早く体を倒した早川が左手1本でストップしてみせる。
鈴木彩艶が負傷で欠場した11月の日本代表のガーナ戦、ボリビア戦で2試合フル出場を果たした早川が、その能力を存分に発揮した。
松橋のシュートを止めたシーンは、遠い記者席から見ていると、早川がどうやって止めたのか理解できないようなプレーだった。まさに、これは「早川マジック」と呼んでいいだろう。
今シーズンを通じて、早川はいったい何度このような決定的な場面でシュートストップを見せたことだろう。勝点1差で首位にいる鹿島。もし、このまま鹿島が優勝したらMVPは早川以外に考えられないような気がする。
いずれにしても、前半は東京Vが完全にコントロールした試合だった。公式記録ではシュート数で東京Vが5本、鹿島が4本。CKも2本対2本と数字的には互角だったが、決定機では東京Vが明らかに上回っていた。
■ハーフタイムに切らなかった「交代カード」
鹿島は前線でボールが収まらなかった。ロングボールを送っても、東京VのDFの密着マークでボールが収まらず、激しい当たりを回避するようにボールを下げてしまう場面が多かった。鹿島らしい迫力がまったくなかったのだ。
「早川マジック」でなんとか無失点で切り抜けられた、そんな前半だった。
今シーズンを通じて、こうした苦しい展開になったときに、鬼木達監督は選手交代を使って、FWの並びを変えて打開を図ってきた。
従って、僕はハーフタイムにでも交代のカードを使って試合の流れを変えるだろうと思っていた。
たとえば、前半、精彩を欠いた田川亨介に替えて松村優太や荒木遼太郎などを入れて、前半は右サイドでプレーしていた鈴木優磨をトップでプレーさせる。鈴木なら、東京VのDFの激しい当たりに対しても一歩も引かずにボールを持つことができるだろう。
しかし、鬼木監督はハーフタイムに交代カードを切らなかったし、最初の交代は54分。左サイドのエウベルを松村に入れ替える交代だった。
なぜ、鬼木監督は動かなかったのか? おそらく、「勝負どころは、今ではない」と考えたのだろう。
■活かされた「4度のJ1リーグ制覇」の経験
「常勝軍団」と称され、J1リーグ最多、8度の優勝回数を誇る鹿島だが、最後にリーグ優勝を遂げた2016年からすでに9年が経過している。監督が石井正忠氏で、小笠原満男さんがキャプテンという時代だった。東京V戦で先発した中で、当時を知る選手は植田直通、三竿健斗、そして鈴木優磨の3人だけだ(そのほか、知念慶が川崎フロンターレ時代に優勝を経験している)。
9年ぶりの優勝を目前にして、平常心で戦うことはやはり難しかったようだ。記者会見の席で、鬼木監督は「プレッシャー」という言葉を繰り返した。
しかし、その鬼木監督は、川崎の監督として4度のJ1リーグ制覇を成し遂げた経験を持っている。監督としての「優勝4回」は森保一(サンフレッチェ広島=現日本代表監督)、オズワルド・オリヴェイラ監督(鹿島)の各3回を上回るJリーグ最多記録である。
そして、鬼木という指導者はもともとが勝負師である。
「まだ、我慢だ。いつか勝負どころがやって来る」と、カードを切るべきときを待ったのだ。