GⅠ初決勝&初優勝に驚きを隠せず、満面の笑みを浮かべる阿部拓真 photo by Takahashi Manabu【今年…

GⅠ初決勝&初優勝に驚きを隠せず、満面の笑みを浮かべる阿部拓真
photo by Takahashi Manabu
【今年最後のGⅠは熾烈なサバイバル】
「いや、もう自分でも『マジか』って感じです」
競輪の歴史に名を残す下克上優勝を成し遂げた阿部拓真(宮城・107期)は、表彰式を迎えても自分の偉業を信じられないようだった。
11月19日から24日まで小倉競輪場(北九州メディアドーム)で『朝日新聞社杯競輪祭』が開催された。今年最後のGⅠ開催であり、優勝者には12月30日に平塚競輪場で行なわれる最高峰のレース『KEIRINグランプリ2025』への出場権が与えられると同時に、このレースをもって賞金ランキングでのグランプリ出場権争いも決着する。6日間でひとり5レースを走る熾烈な戦いであるとともに、年末の祭典に向けた最後のサバイバルレースでもあるのだ。
本開催には108選手がエントリー。トップクラスの証「S級S班」9選手のうち、前年の競輪祭覇者であり今年もGⅠを2勝と絶好調だった脇本雄太(福井・94期)がケガで無念の欠場となったが、他8選手は勢ぞろい。選び抜かれた精鋭たちが初日から激しいレースを繰り広げた。
【「5着でいい」はずが、初のGⅠ決勝へ】
4日目までのレースを終え、S級S班6選手を含めた賞金ランキング上位者が堅実に準決勝へと進出。今開催は順当な勝ち上がりになるかと思われたが、一筋縄ではいかないのがGⅠというビッグレースの恐ろしさであり、おもしろさだ。
準決勝は3レースともめまぐるしい攻防が繰り広げられる大混戦となり、予想外の決着が続く。気づけばS級S班で決勝に残ったのは、今年すべてのGⅠで決勝に乗っている古性優作(大阪・100期)ただひとりとなった。
そんななか、鋭い嗅覚で勝負どころを逃さず2着で決勝に進出したのが、キャリア11年目の阿部だった。今年は6度落車しながらも積極的な姿勢を崩さず走り続けてきた。今開催が8度目のGⅠ出場だが、これまで準決勝進出すらなく、開催前も「S級1班を維持できるよう、(初日から3日間までの一次)予選は5着、5着が取れたらいい」と、控え目な目標を持って臨んだという。
気づけば初の準決勝どころか、初のGⅠ決勝という大舞台へ。勝ち残り、そして賞金ランキング争いを巡って張り詰めた空気が漂う準決勝後の会見場も、阿部の時だけは望外の躍進に終始笑顔が止まらず、ムードを和ませた。
精神と肉体を削っての激戦ゆえ、選手から「ベストコンディションは望めない」とのコメントも聞かれるなかで迎えた決勝。9選手のうち7選手が「勝てば初GⅠタイトル」という顔ぶれで、本命視されたのは昨年のグランプリ王者・古性。グランドスラム達成に向けて手が届いていないタイトル(※)を埋める絶好機となった。対抗の一角には今年の『日本選手権競輪(ダービー)』を制し、4年前には競輪祭でも優勝している吉田拓矢(茨城・107期)が挙げられた。
※獲得していないGⅠは「日本選手権競輪」と「競輪祭」
【緊張を解いた同期・吉田拓矢の一言】
阿部はそんな吉田と競輪学校(現日本競輪選手養成所)の同期で、この決勝ではラインを形成することに。緊張を感じる舞台のはずだが、決勝進出選手を紹介するイベントでは、会場に漂う特別な雰囲気を味わい、思わず「楽しくなってきた」と吉田に声をかける。吉田も「楽しみましょう」と応じると、頂点を知る男のこの何気ない一言が、不思議と阿部の心を落ち着かせた。
20時30分、「競輪発祥の地」小倉の競輪ファンが大勢詰めかけた小倉競輪場に号砲が響き渡ると、360度観客席に囲まれたバンクに大きな声援がこだました。
動きがあったのは残り2周半を過ぎたあたり。松井宏佑(神奈川・113期)が先頭へ並びかけるアクションに古性ら近畿勢も反応するなか、吉田は先頭まで出る判断に。「とにかく追走することだけ考えていた」という阿部も吉田の背中にぴったり張りつくと、打鐘を受けて後続が進出を開始しても、同期ラインは好位置をキープし続けた。
最後のバックストレッチを過ぎ、各選手が猛然とスパートをかけるなか、吉田のスパートを受けて絶好のタイミングで阿部も進出を開始。進路を巡って外に広がった選手たちを横目に、最小限のロスでインを回って2番手にするりと潜り込む。最後の直線で残された力を振り絞った阿部は、目前の荒井崇博(長崎・82期)をかわし、ゴール線を最初に駆け抜けた。

発走機での阿部拓真(左)と、同期の吉田拓矢(右)
photo by Takahashi Manabu

阿部(6番車・緑)は吉田(5番車・黄)の後ろにピタリとつく
photo by Takahashi Manabu
ゴール直後、右手でガッツポーズ
photo by Takahashi Manabu
【競輪の魅力を体現する大下克上】
ゴール直後、何度も右の拳を振って喜びを爆発させた阿部。ウイニングランを終えて敢闘門に帰ると、ヘルメットを投げ入れるファンサービスで大歓声に応えてみせた。
「最後も余裕はなくて、レースについていくことだけに集中していました。(吉田)拓矢がいい仕掛けでチャンスを作ってくれて、本当にありがたいです」
興奮を隠しきれない表情で同期への感謝とともにレースを振り返り、展開については「よく覚えていない」と笑った。
この優勝で年末のグランプリへの出場も決定したが、自分でも驚きの躍進に「何月何日がグランプリかも、いつ競輪場へ入ればいいのかもわからない」と困惑。「賞金5000万円の使い道は?」と聞かれても「(金額を)今知りました」と集まった報道陣を笑わせた。

賞金ボードを掲げる阿部
photo by Takahashi Manabu
過酷なスケジュールのなかでも「レースを心から楽しめました」と、最後まで明るい笑顔を絶やさなかった阿部。その口からは先輩や支えてくれた家族への感謝の言葉が続いた。来年はS級S班となって重圧との戦いも待ち受けるが、レース後に「先輩から大笑いで迎えられた」という愛される人柄は、今後も変わらぬ大きな武器となるはずだ。
実はこの競輪祭の阿部の選考順位は108人中76位。それでも目の前の一走一走を楽しみ、集中して走り抜くことで描ききったシンデレラストーリーには、展開やラインの妙で波乱が巻き起こる競輪の魅力が詰まっていた。こんなことがあるのだから、選手もファンも、この言葉を使わずにはいられないのだろう。
「競輪は、何が起こるかわからない」