勝利の瞬間、悔し気な表情を浮かべる天心を尻目にグッと拳を握った拓真(C)Takamoto TOKUHARA/CoCoKA…

勝利の瞬間、悔し気な表情を浮かべる天心を尻目にグッと拳を握った拓真(C)Takamoto TOKUHARA/CoCoKARAnext
拓真が抱えていた「自信」
注目の大一番は「経験」の差がものを言った。
11月24日にトヨタアリーナ東京で行われたボクシングのWBC世界バンタム級王座決定戦で、同級2位の井上拓真(大橋)が、同級1位の那須川天心(帝拳)に3-0で判定勝ち。昨年10月に堤聖也(角海老宝石)に判定負けを喫し、WBA王座を失ってから1年1か月ぶりの再起戦を白星で飾った。
慎重な立ち上がりとなった序盤は天心が主導権を取っていた。初回には残り20秒を切ったところで左カウンターを浴びせて、拓真が後退。続く2回も絶妙な距離感を保ちながら徐々に手数を増やしていった“神童”が、技術とスピードで元世界王者を翻弄した。
このまま一気に天心がポイントを重ねるかのように見えたが、拓真の陣営に焦りはなかった。そして、3回に試合の流れはガラッと変わった。リーチの差を埋めるように距離をグッと縮め、プレッシャーを強めると、天心に小気味よく右を浴びせていく。そして4回、そして5回と相手をくぎ付けにするように近接戦を展開。6回を過ぎてから激しい打ち合いも見られたが、天心はなかなか反撃の機会を見出せない。
8回の公開採点では2者が井上を支持したことで、後がなくなった天心はノーガードからのトリッキーな攻めも披露。何とか引き出そうとしたが、メリハリを付けた戦いを展開する拓真を前に有効となるような一撃は繰り出せなかった。
試合前から「天心選手を倒す」と燃えていた拓真。傍から見れば、苦戦を強いられていた序盤の1、2ラウンドだったが、本人曰く「(ペースを)上げていけばいける自信があった」という。そこには大橋秀行会長が「まさに強くなるか、怪我をするかという闘いのトレーニング」と公言する死に物狂いで実践した練習で「対天心」を徹底してきた成果でもあった。
「いろいろなパターンを想定していたんで、(3回から)攻めるパターンに切り替えた。いろいろな想定をしていたので切り替えられたのかなと思う。練習の時からやっていたことが自然とできた」
相手が軽やかなステップワークを利して距離を取り、自分の間合いの外から打つことすらも想定の範囲内。被弾こそしたが、焦りはなかった。一方で天心には徐々に流れを失っていく中で「迷い」が生じていた。
天心に生じていた「焦り」
12ラウンドを戦い終えた感想を「やっぱり(拓真の)距離感がうまかった。自分が練習しているものが出せない間合いだったり、距離感に拓真選手がいたというのが敗因かな」と振り返る27歳は、「出していないけど先手を取られているという感覚がずっとあった」と口にする。
心の中で「プレッシャーをかけてくるだろうなと思った」という天心だが、打てども、次第にパンチが当たらなくなっていく展開に「やっぱり経験の差と言いますか、そこで立て直されたなっていうのはすごいありました」と漏らす。
「(焦りは)ありましたね。『うわ、これどうしようかな』『初めてだ』みたいな感じで。スパーリングで自分が良くない時のパターンの動きになってしまってたので、そこをどうしようかなみたいな。試合中に迷いが出ると判断が遅れるんで、そこを先に取られちゃったなっていうのがありました」
序盤に効果的だったスピードもいつの間にか死んでいった。そこには拓真の力量が影響をもたらしていた。天心は言う。
「させてくれなかったと言いますか、だから、本当に迷いです。ちょっとした『どうしよう』みたい気持ちがあった。格闘技って一瞬の間が大事じゃないですか。そこは本当に経験の差、ボクシングの深みの差でやられたなっていうのはあります」
刹那の駆け引きの中で負け知らずの神童をボクシングの深みに落とし込んだ拓真。一時は引退も決意したところからふたたび這い上がり、「天心選手に勝つんだっていう気持ちでここまできた」と家族とともに誓った“打倒・天心”の野望を見事に実らせた。
[取材・文/構成:羽澄凜太郎=ココカラネクスト編集部]
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