何ものにも屈せず、突き進んできた格闘技人生。その圧倒的なキャリアをさらに高みへと導けるか。那須川天心の真価が問われている…

何ものにも屈せず、突き進んできた格闘技人生。その圧倒的なキャリアをさらに高みへと導けるか。那須川天心の真価が問われている(C)産経新聞社
興味深い要素が詰まった好カード
楽しみな日本人対決のゴングが間もなく鳴る。11月24日、トヨタアリーナ東京で行われる那須川天心(帝拳)対井上拓真(大橋)のWBC世界バンタム級王座決定戦には、さまざまな意味で興味深い要素が詰まっている。名門ジムのスター選手同士の激突であり、元王者と新鋭の対戦。最終的に“神童の世界初戴冠”か“復活劇”のどちらかが成されるという意味で、劇的な結果は約束されているといっていい。
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那須川には2018年に、元世界5階級制覇王者フロイド・メイウェザー(米国)とエキシビションで対戦経験があること、拓真には“モンスターの弟”という点で一定の知名度があることから、今回の試合は海外でも注目されている。勝敗予想はというと、年齢的により若く、勢いのある那須川が優位ではないかという声が多いようだ。米老舗誌『The Ring Magazine』の編集兼ライターでもある英国人記者、トム・グレイ氏もそう考えている中の1人だ。
「拓真の方がプロとしての経験値で大きく上回っており、より質の高い相手とリングを共有してきた。しかし、ボクシングとはリングの中でも外でも“タイミング”のスポーツだ。天心はより生まれ持った才能に恵まれており、スピードも上。ジェイソン・モロニー戦とビクトル・サンティリャン戦という直近2試合はどちらも素晴らしい“学習の場”となり、今回の初タイトル挑戦に向けて完璧な準備になった。一方、拓真は堤聖也戦の痛恨の判定負けからの再起であり、かつ13か月のブランクもある。2度目の世界王者を目指す拓真はもちろんモチベーションが高いだろうが、天心は“初めて頂点に立つ”という、さらに大きな証明を必要としているように感じる」
タイミング、時の勢いという点では確かに那須川には分があるようにも感じられる。とはいえ、世界レベルで底力を示してきた拓真が簡単に敗れるとも思えない。焦点はやはりグレイ氏の指摘通り、那須川がプロでの7戦でどれだけ“学習”できてきたか、大一番でその成果を発揮できるかになってくるのだろう。
2025年は、ジェイソン・モロニー(豪州)、ビクター・サンティリャン(ドミニカ共和国)という世界ランカーに連勝を飾った那須川だが、モロニー戦では強烈な右でダメージを受けるシーンもあったのは事実だ。
それぞれの試合で多くのものを得ているとしても、まだそれらを綺麗な形で1つの線にしたという一戦は記憶にない。その作業を成し得た時、プロボクサーとして“次の領域”に入っていけるに違いない。それを成すための舞台が初の世界戦というのは厳しい条件だが、そんなバックグラウンドゆえに実績豊富な拓真との一戦はより興味深くなったと言える。

前回のサンティリアン戦では、決死に打ち合い、がむしゃらに戦い抜いた那須川(C)Takamoto TOKUHARA/CoCoKARAnext
ファンも、アンチも、心待ちにする“ジャッジメントデイ”
「1試合ごとに違った良さを見せられているのかな」という那須川が、拓真戦ではシャープなアウトボクシングをやり切るのか。どこかでタイミングのいいパンチを当て、ダウンを奪うなどの見せ場を作れるのか。キャリアをかけて臨んでくるのであろう拓真の強打を浴びた際、必要以上に熱くならずに対処し切れるのか。
独特なキャラクターとスター性の高さゆえ、一部から井上尚弥(大橋)、中谷潤人(M.T.)に続く存在としての期待もかけられている那須川。今後、より大きな存在になっていくためにも、“世界王者”の看板は絶対必須であり、そのプロセスで内容も問われる。
拓真との試合は中身、そして結果から多くのものが見えてくるに違いない。ファンも、アンチも、“ジャッジメントデイ”を目撃することを心待ちにしている。
そして試合当日、観衆は真二つに分かれるのだろう。毀誉褒貶の激しい那須川には歓声と同じほどに大きなブーイングが注がれるのかもしれないが、27歳になった“神童”はそういった熱さにも感謝している。筆者が夏に行ったインタビュー中、「すでに日本で最もアンチの多いボクサーなのでは?」と問うと、「そうですね」と楽しそうに笑いながら、こんな印象的な言葉も残していた。
「(アンチの存在を)僕はありがたいと思っています。 どんな形であれ、何か言ってくれる人には熱があるわけですよ。その熱が大事ですよね。賛否両論あるっていうのが熱さを生み出すと思うんです。 ボクシングを見たことがないような人とかも、僕に何かを言ってくるわけじゃないですか。そういう形でボクシングを知ってもらうきっかけになればいいと思いますし、だからアンチのままで楽しんでもらいたいですよね」
その熱がどの方向に向かっていくかは、自身のパフォーマンス次第。世界戦線への突入を「収穫祭の始まりです」とも称していた風雲児に、勝負の時がやってきた。スリリングな予感とともに、“審判の瞬間”まであとわずかである。
[取材・文:杉浦大介]
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