サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニ…

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は、日本サッカー界の大事なカップについて。

■ギネスものの「記録」

 そうした時代背景の中で、NHKの運動部が画期的な企画を出した。元日に国立競技場からサッカーの生中継を行おうというのだ。当時の正月は現在とはまったく違う。デパートも商店も3日まで休みが当然で、元日には「元旦競歩」が国立競技場を含む神宮外苑で開催されていたが、テレビ中継されるものではなかった。元日のテレビにスポーツはなかった。

 NHKの働きかけに日本蹴球協会が応え、「NHK杯元日サッカー」として「JSLチャンピオンvs大学選手権優勝チーム」、「東洋工業×関西大学」のカードが組まれた。放映はNHKの期待以上に好評だった。「面白かった」という声を聞いて、日本蹴球協会が「ならば元日に天皇杯の決勝を」と欲を出した。「NHK杯元日サッカー」は1回開催しただけで終わり、翌年、1968(昭和43)年度の第48回大会から天皇杯全日本選手権の決勝が「元日・国立」に固定されたのだった。

 そしてその形は、2013(平成25)年度の第93回大会まで、実に46大会にわたって続けられるのである。もしかしたら、これはひとつの大会の決勝戦が同日、同会場で開催された「ギネスもの」の記録ではないかと思うのである。

 旧国立競技場は2020年の東京オリンピックに備えて2014年に解体が始まり、新スタジアムが完成するまで、天皇杯決勝は日産スタジアム、味の素スタジアム、吹田スタジアム、埼玉スタジアムなどを転々とした。しかし、2014(平成26)年の第94回大会と2018(平成30)年度の第98回が、1月開幕のアジアカップに備えて決勝を12月に「前倒し」したことを除けば、決勝戦の「元日開催」は堅持されていた。

 そして2019(令和元)年度の第99回で、天皇杯決勝は完成したばかりの新国立競技場に移る。試合日はもちろん2020年の元日。アンドレス・イニエスタを筆頭にスペイン代表選手を並べてJリーグで旋風を巻き起こしたヴィッセル神戸が初めて決勝に進出し、鹿島アントラーズを2-0で下して初優勝を達成した。

■渡される「7つのカップ」

「元日・国立」は2020(令和2)年度の第100回大会でも実施されたが、第101回大会以後は、会場は新国立競技場が原則(第102回大会のみ日産スタジアムで開催)だが、試合日は2021(令和3)年度の第101回大会以降はさまざまな理由で10~12月の間に開催されてきた。それを来年度の第106大会で「元日・国立」に戻そうというのである。

 現在、天皇杯の優勝チームには、実に7つもの優勝カップが授与されている。「天皇杯(1951年度~)」と「NHK杯(1968年度~)」のほかに、後援についた「共同通信杯(1997年度~)」、「JOC(日本オリンピック委員会)杯(1979年度~)」、ドイツ文化センターから寄贈された「ドイツ杯(2006年度~)」、そして「日本サッカー後援会」から創立40周年を記念して寄贈された「JFA杯(2016年度~)」のほかに、「FA杯(2011年度~)」が、優勝チームに贈られているのである。天皇杯の表彰式は忙しい。

■イングランドが「感動」!

 戦時中に「金属回収」で溶かされてしまったはずの「FA杯」。長く国際サッカー連盟(FIFA)の理事を務め、2010年から日本サッカー協会(JFA)の会長職にあった小倉純二さんは、ずっとそれを申し訳ないと考えていた。そして2011年3月、JFA創立90周年を迎えるにあたって、イングランド・サッカー協会(FA)を訪れ、ひとつの申し入れをした。

 小倉さんは、大事なカップを「金属回収」で失ってしまったことを謝罪し、JFAが複製をつくりたいので許可してほしいと頼んだのである。しかし話を聞いたFAのデービッド・バーンスタイン会長はとても感動し、その場で「FAが復元して再び日本に贈呈する」と返事をした。その年の8月にはロンドンのウェンブリー・スタジアムで贈呈式が行われ、2011(平成23)年度の第91回大会、すなわち2012年元日の天皇杯決勝から、ふたたび銀色に輝く「FA杯」が優勝チームに手渡されることになったのである。

 この年の優勝チームはFC東京。JFA誕生のきっかけとなり、新たな生命を吹き込まれた「FA杯」は、旧国立競技場のロイヤルボックスで、小倉会長の手からFC東京主将の今野泰幸選手の両手にしっかりと手渡された。

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