勝てば官軍。この言葉を、サッカーの試合に当てはめてもよいものか。日本サッカーは現在、岐路に立たされている。サッカージャ…

 勝てば官軍。この言葉を、サッカーの試合に当てはめてもよいものか。日本サッカーは現在、岐路に立たされている。サッカージャーナリスト後藤健生が延長戦を含めて120分の激戦となった今年の天皇杯準決勝と、その周辺から日本のサッカー界の「危機」に警鐘を鳴らす!

■高校サッカーと「プロの試合」の違い

「結果がすべて」の高校サッカーと違って(※文末注)、プロの試合はエンターテインメントでもあるはずだ。

 観客が満足するような試合をして、観客動員数を増やし、テレビ放映やネット配信の視聴者を増やし、広告収入を増やすことでクラブの経営は成り立つ。そして、選手たちはプロとして大好きなサッカーに集中できる環境でプレーして、サラリーを受け取るのだ。

 日本には歴史と伝統のあるプロ野球(NPB)や人気上昇中のバスケットボール(Bリーグ)やラグビーのリーグワン、さらに新興のバレーボール(SVリーグ)といったように、ボールゲームのプロリーグが複数存在する。Jリーグは、そうした他競技との競争もしているのだ。

 現在、JリーグはNPBに次ぐ観客動員を誇り、認知度も高い。だが、日本のトップクラスの選手100人以上がヨーロッパのクラブに移っていってしまう中で、下手をしたらJリーグは空洞化して人気が下がってしまう可能性もある。

 そんな危機感を共有するなら、「勝てばいい」といった試合をしていられるわけがない。

■中立のファンの目に映った「試合」

 天皇杯準決勝の模様はNHK総合テレビで放映された。

 ネット配信全盛の現在、サッカーの試合の地上波での放送は激減している。日曜日の午後にNHK総合テレビで放映されれば、ふだんはサッカーに接していない人たちも数多く視聴したはずである。

 決勝進出を目指して戦っている両チームのサポーターにとっては、選手や監督と同じく「勝つこと」が最大の目的だったから、0対0のまま延長に突入する試合展開に手に汗を握ったことだろう。

 だが、どちらのチームにも肩入れしない中立のファン、あるいは、そもそもサッカーの試合をあまり見たことがない人たちの目に、この町田とFC東京の試合はどのように映ったことだろうか?

 少なくともサッカーの試合をふだんから見慣れており、技術的、戦術的な知識も一般人よりはるかに豊富な(はずの)サッカー記者たちも「つまらない試合」と口をそろえていたのだ。

 サッカーを見慣れない人たちにとっては、この“凡戦”を120分間見続けることは、もしかしたら苦痛ですらあったかもしれない。

■黒田監督に「期待したい」決勝戦

 地上波放送がある(しかも、NHK総合の全国放送で)天皇杯の試合は、新規のサッカー・ファンを増やすための最高の機会だったはずだ。だが、サッカー界は、そのせっかくの機会を逃がしてしまった。

 11月22日土曜日の午後には、天皇杯の決勝戦が開催される。そして、この試合ももちろんNHK総合テレビで実況中継が行われる。「決勝」という看板があるのだから、「準決勝」以上に多くの視聴者がテレビ観戦することだろう。

 もちろん、決勝戦はふだんのリーグ戦以上に勝負が重要な試合となる。「優勝」と「準優勝」では大きな違いがある。

 しかし、だからと言って守備を固めてカウンターだけを狙うような試合をしたり、ロングスローだけに頼った試合はしないでもらいたい。準決勝の試合後、林幸多郎の起用に関して黒田監督は「ロングスローが相手に脅威を与える」と繰り返していたが、林はロングスローだけでなく、あんな洒落たループシュートを決める技術も持っているのだから……。

「結果がすべての高校サッカー」と書いた。高校サッカーで全国大会に出場して上位に進出することは高等学校にとっては絶好の宣伝であり、それだけ受験生も増えて経営が好転する。少子化が進むこれから、私立学校が生き残るためにはスポーツ強化は非常に重要な意味を持っている。

 だから、高校サッカーの指導者には勝利が求められる。そのために、学校法人は指導者と契約しているのだ。そこで、「内容よりも結果」ということになる。

 だが、これはある意味でとんでもない考え方である。「高校サッカー」が教育の一環であるなら、「勝つためには何でもする」というのは本末転倒の話だし、18歳以下の選手にとっての育成の場であるとするなら、勝利のために守備的な試合をしたり、ロングスローで勝負するような試合をすべきでないのは当然のことだ。

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