年内最後の活動をおこなっているサッカー日本代表で、最も多くの人材を送り出しているクラブがある。けっしてビッグクラブとは…
年内最後の活動をおこなっているサッカー日本代表で、最も多くの人材を送り出しているクラブがある。けっしてビッグクラブとは言えない、ベルギーのシントトロイデンVVだ。来年おこなわれるワールドカップで優勝という大きな目標に掲げる日本代表を、欧州の小クラブはどのようにして支えているのか。サッカージャーナリスト大住良之が、その「マジック」をひも解く!
■スタジアムと関連施設は「前オーナー」が所有
だが、DMMは「プロサッカークラブ」という、いわば「ソフトウェア」を買い取っただけだった。スタジアムとその関連施設は、現在も前オーナーのローラン・デュシャトレが所有している。
実業家であるとともにベルギーの国会議員であり、当時欧州でいくつものプロクラブを所有していたデュシャトレは、シントトロイデン駅から歩いても15分ほどの「スタイエン」というスタジアムを徹底的に商業化することを企画、2011年から2014年にかけて大改修工事を行い、現在のスタジアムを完成させた。
大きな特徴は、スタジアムに併設してショッピングセンターや貸事務所、ホテル、フィットネスセンターをつくったことだった。ホテルはこの町で最も近代的な設備を誇り、ショッピングセンターには試合がない日にもたくさんの人が訪れ、「スタイエン」は現在もデュシャトレ前会長に多大な利益をもたらしている。2023年2月には長野県安曇野市の「大王わさび農場」が命名権を獲得し、「大王わさびスタイエン」となった。
スタジアムの収容は1万1756人と小ぶり。柏レイソルの「三協フロンテア柏スタジアム」と同程度の規模と言えるだろう。ただ、ピッチは人工芝。気候的な問題でも、天然芝ピッチの管理費節約のためではない。ピッチの下に800台も収容する駐車場をつくるためだった。この駐車場が、現在、ショッピングセンターやホテルを成功させている。ピッチを人工芝にすることで「軽量化」を図り、駐車場をつくるというアイデアは卓抜だった。
■成功している「日本からのタレント移入」と…
世界のサッカーでは、中小のプロクラブの「生きる道」は育成であるというのが常識である。入場料収入、スポンサー収入、そして放映権収入などで大金を得ることは期待できない。選手を育て、彼らが生む移籍金でなんとか経営していくのである。
だがベルギーは国が小さく、鉄道や道路も発達していて、都市間の移動が容易。才能のある少年は首都ブリュッセルやブルージュなどの大きな都市のクラブの育成組織に集まってしまい、財政規模の小さな地元クラブはタレントを集めるのが難しい。そうしたなか、日本からタレントを移入してプレーさせ、数年でビッグクラブに移籍させながらチームを運営していくというシントトロイデンの手法はうまく進んでいると言っていい。
DMMが経営権を獲得して以来、シントトロイデンは1部の地位を保ち、今季は現在まで14節を終了して7勝3分け4敗、勝点24で16クラブ中4位という好位置につけている。ベルギーリーグは全30節のレギュラーシーズンをおこなった後、上位6クラブで優勝を争うプレーオフが行われるが、その出場を目指して、日本人選手たちが奮闘しているということになる。
■実質的に「外国人制限がない」ベルギーリーグ
ホームゲームの平均入場者数は7575人。リーグ上位には、ユニオン・サンジロワーズとアンデルレヒトのブリュッセル勢、そしてブルージュのクラブ・ブルージュがいるだけだ。連勝となったスタンダール戦には、8499人のファンが集まった。
ベルギーリーグは、登録選手に6人のベルギー人選手を入れなければならないという規則があるだけで、実質的に外国人制限がない。イングランド、スペイン、ドイツ、イタリア、フランスという「5大リーグ」だけでなく、オランダリーグよりも下にランクされているベルギーリーグだが、小さな町のシントトロイデンVVが大都市のクラブと伍して優勝を争うようになれば、地元の人の熱ももっともっと上がるに違いない。そして、そのクラブが日本の企業によって保有され、ピッチ上の選手の半数以上が日本人選手であっても、「我が町のクラブ」として誇りに思ってくれるに違いない。