【連載】松井大輔「稀代のドリブラー完全解剖」第8回:ライアン・ギグス 1990年代から2000年代のサー・アレックス・フ…
【連載】
松井大輔「稀代のドリブラー完全解剖」
第8回:ライアン・ギグス
1990年代から2000年代のサー・アレックス・ファーガソン監督が率いたマンチェスター・ユナイテッドの黄金時代。それを支えた中心選手のひとりが、ウェールズ代表のライアン・ギグスだ。
17歳でトップデビューを飾って以来、ユナイテッドの主軸としてプレーし続けたギグスが現役を引退したのは2014年5月。彼が40歳の時だった。
実に24シーズンにわたるプロキャリアをユナイテッドひと筋で貫いたなか、チャンピオンズリーグ2回、プレミアリーグ13回、FAカップ4回、リーグカップ3回といった数々のタイトル獲得に貢献。まさに、黄金期を形成したユナイテッドの象徴とも言えるレジェンド中のレジェンドである。
そんなギグスが最も得意としていたプレーが、誰にも止められないドリブル突破だ。
果たして、ギグスのドリブルにはどのようなテクニックが潜んでいるのか。現在、浦和レッズで育成年代を指導するほか、Fリーグ(日本フットサルリーグ)理事長も務める松井大輔氏に、その特徴やドリブルテクニックについて解説してもらった。
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ギグスのドリブルの特徴を松井大輔氏に解説してもらった
photo by AFLO
「僕のなかにあったギグスのイメージは、主にベテランになってからのプレーだったので、どちらかと言えばドリブルからのクロスやシュートが抜群にうまいという選手でした。ただ、若い頃のプレーをあらためて見てみると、何よりドリブルのスピードに驚かされましたね。
ギグスは左効きの選手なので、ドリブルをする時は左足でボールタッチするのがほとんどです。ただ特徴的なのは、ボールを体の真ん中に置いた状態でボールを運び、どんなにスピードに乗っていても常に体からボールが離れないということです。
あれだけのスピードでドリブルしながら体からボールが離れないというのは、普通の選手にはできません。たとえば、100パーセントのスプリントでドリブルしようとすると、ボールが自分の体に追いつかなくなってしまうのが一般的です。
ところが、ギグスは100パーセントに近いレベルのスプリントをしていても、ボールを正確にタッチするという高精度なテクニックがある。だから、それが可能になるわけです」
【上半身を動かして相手を揺さぶる】
松井氏の分析は、さらに続く。
「それと、スピードに乗った状態のなか、足のつま先部分を細かく使い分けながら正面でドリブルするので、相手はギグスがどちらの方向に抜こうとしているのか判断するのが難しい。
しかも、ものすごいスピードで向かってくるので、どちらに体の向きを作ればいいのか、あるいはどのタイミングで足を出せばいいのかわからない。もしイチかバチかで食いついても、その瞬間に逆方向に抜き去られてしまいます。
スピードに乗った時のドリブルは、基本的にスピードを落とさずに右か左に抜いていくのですが、感覚的には相手の間合いに入らないようにして、自分で道を作っていく。つまり、隙間を縫っていくようなイメージでドリブルします。
加えてギグスは、ボールに触れていない時にステップや上半身を動かして相手を揺さぶり、相手の重心を傾けさせた瞬間、逆方向に抜き去るテクニックも際立っています。ドリブルのスピードをほとんど落とすことなく、あれだけ繊細なフェイントを使える選手はなかなかいません。
もちろん、前回紹介したブラッドリー・バルコラのように、前方にスペースがある時はボールを大きく出して、相手と競争して足の速さだけで抜き去ることもできます。前方にスペースがなくても、広大なスペースがあっても、どちらの状況でもドリブル突破という自分の武器を使えるので、相手にとっては止めるのが本当に難しい選手だったと思いますね」
松井氏が指摘するように、当時のギグスのドリブルスピードは別格だ。
1990年代のサッカーは、現在と比べるとピッチ上にもっとスペースがあった時代だったとはいえ、ギグスのように走るスピードがあり、ドリブルスピードを落とさないだけのハイレベルなボールテクニックを兼ね備えていた選手は、サッカーの長い歴史のなかでも限られている。
【切り返しを効果的に使っている】
「ただ、当然ですが、どんな選手も年齢を重ねていくと身体能力が低下していきます。スピードを武器とする選手も、いずれはプレースタイルを変化させなければいけなくなります。ギグスも例外ではなく、実際にベテランと呼ばれるようになった頃には若い頃のようなスピードに乗ったドリブルは減りましたし、『裏街道(※)』で相手を抜き去るシーンも見かけなくなりました。
※裏街道=相手の背後にボールを出して、自分は対峙する相手に向かってボールを出した反対側を走り抜けるテクニック。
それでも、ギグスがベテランになってからも第一線で活躍できたのは、高精度のパスやクロスに加え、シュート技術もハイレベルだったからだと思います。
特に印象的なのは、ベテランになったギグスがドリブルをする時に、切り返しを効果的に使っている点です。やはり精度の高いパスやシュートがある選手ほど、相手ペナルティエリア付近では切り返しが大きな効果を発揮するからです。
そういう意味では、自分の年齢や身体能力の変化をしっかりと自覚して、その時の自分に最適なドリブル、あるいはプレースタイルを見つけ出すことは、プロキャリアを続けるうえではとても重要な要素だと思います。
ギグスが40歳までマンチェスター・ユナイテッドという世界屈指の名門クラブで現役を続けられたのは、才能のみならず、そういった適応力があったからこそだと思います」
たしかに、ギグスのようにスピード、ボールテクニック、サッカーIQといったあらゆる要素を兼備した選手は、多くは存在しない。それこそが、ギグスという選手がサッカー史に名を刻む名選手である所以なのだろう。
では、スピードに乗った状態でボールを正確に扱うためには、どのようなトレーニングを積めばいいのか。育成年代を指導する松井氏に聞いてみた。
【少年時代からのトレーニング方法】
「もちろん、反復トレーニングは欠かせません。たとえば、コーンを設置して行なうドリブルトレーニングがその基礎になりますが、まずは70パーセントくらいのスピードで、正確にボールタッチしてドリブルをするトレーニングを繰り返します。
おそらく最初は70パーセントのスピードでもボールが乱れてしまうとは思います。ですが、まずはそれができるようになってから、少しずつスピードを上げていく、という方法をお勧めします」
少年時代からそういった地道なトレーニングを積み重ねることによって、スピードに乗ってもドリブルが乱れないテクニックが身についていくという。
いずれ日本でも、ギグスのようなドリブラーが育っていくことを期待したい。
(第9回につづく)
【profile】
松井大輔(まつい・だいすけ)
1981年5月11日生まれ、京都府京都市出身。2000年に鹿児島実業高から京都パープルサンガ(現・京都サンガF.C.)に加入。その後、ル・マン→サンテティエンヌ→グルノーブル→トム・トムスク→グルノーブル→ディジョン→スラヴィア・ソフィア→レヒア・グダニスク→ジュビロ磐田→オドラ・オポーレ→横浜FC→サイゴンFC→Y.S.C.C.横浜でプレーし、2024年2月に現役引退を発表。現在はFリーグ理事長、浦和レッズアカデミーロールモデルコーチ、U-18日本代表ロールモデルコーチ、京都橘大学客員教授を務めている。日本代表31試合1得点。2004年アテネ五輪、2010年南アフリカW杯出場。ポジション=MF。身長175cm、体重66kg。