優勝が決まり、ドジャースの面々は山本由伸に駆け寄り、喜びを爆発させた photo by Kyodo News前編:202…

優勝が決まり、ドジャースの面々は山本由伸に駆け寄り、喜びを爆発させた
photo by Kyodo News
前編:2025年ワールドシリーズ「ドジャースvs.ブルージェイズ」の分水嶺
MLB史に残る激闘となった2025年ワールドシリーズ。第7戦、敗戦まであと2アウトと追い詰められたロサンゼルス・ドジャースは試合を振り出しに戻したものの、トロント・ブルージェイズは9回裏に1死満塁と好機を作り、勝利へあと一歩踏み出すところまできていた。勝負の分かれ目となった「あのシーン」をあらためて、当事者視点で振り返る。
【綱渡りの投球が続いた山本由伸の第7戦】
ワールドシリーズ第7戦は、山本由伸をロサンゼルスの、いや現代MLBのヒーローに押し上げる場になった。
強打のトロント・ブルージェイズを相手に第2戦でポストシーズン2戦連続となる完投勝利を収めていた背番号18は、第6戦でも6回1失点で勝ち投手に。これで今季の登板をすべて終了したかと思われていた。ところが第7戦の9回裏1死一、二塁というピンチにリリーフ登場。"中0日"のスクランブル登板だったにもかかわらず、ドジャースのエースの役割を確立した27歳は2回2/3を無失点に抑えて、チームの逆転勝利を呼び込んだのだった。
「もう本当に信じられないというか、最後、何を投げたかも思い出せないような、そんな興奮がありました。チームメートが自分のところに来てくれた時は、今までで一番の喜びを感じました。涙も出ましたね。久しぶりにあふれてきました。すごくうれしかったです」
試合後に山本が残したそんなエモーショナルな言葉が象徴するとおり、大激戦となったシリーズ最大の主役が誰であるかは明白だった。
ワールドシリーズでの3勝は2001年、ランディ・ジョンソン(アリゾナ・ダイヤモンドバックス)以来24年ぶりだが、すべて敵地での勝利は史上初。日本人選手としては2009年の松井秀喜(ヤンキース)以来2人目のMVPも受賞した。ハードスケジュールのなかでもチームを背負って立った姿は、ファンの胸を打ち、そのパフォーマンスは伝説として刻まれるはずである。
もっとも、支配的だったワールドシリーズ最初の2登板とは違い、第7戦での山本は綱渡りの投球だったことは事実である。9回は交代直後にアレハンドロ・カークに死球を与えて1死満塁、11回は1死一、三塁のピンチを招いた。
疲れを感じるなか、そうした修羅場を乗り越えたことこそが山本の真骨頂。それでも「もしあの一瞬がほんの少し違っていたら、ブルージェイズがワールドシリーズ王者になっていた」と言えるような場面はたくさんあった。
なかでもトロントのファンがいつまでもひきずるのは、9回裏1死満塁での、まさに紙一重のワンプレーではないだろうか。
【満塁での打席は、長く頭に残るだろう】

第7戦9回裏1死満塁からの二塁ゴロ、本塁はクロスプレーとなったがアウトに photo by Getty Images
左打ちのダルトン・バーショをカウント1ボール・2ストライクと追い込んだ山本は外角低めにスプリットを投じる。バーショが引っ掛けるようにバットに当てた打球は、ミゲル・ロハス二塁手の右横へのゴロに。ロハスはややバランスを崩しながら捕球するも、体勢を持ち直して本塁へ送球。ウィル・スミス捕手が足をわずかにホームプレートから浮かせながらキャッチすると、三塁走者だったアイザイア・カイナー=ファレファのスライディングがホームを通過する一瞬前に足を戻した。
4万4713人の熱狂的な観衆が息を呑み、永遠にも感じられた刹那。カイナー=ファレファにはアウトが告げられ、チャレンジしても判定は変わらなかった。試合後、悔しさを隠しきれなかったブルージェイズのジョン・シュナイダー監督はほかのキープレーとともに、何度かこの場面にも触れていた。
「満塁での打席は、長く頭に残るだろう。イジー(カイナー=ファレファ)はあと少し届かず、ウィル(スミス)はプレートから足を外しかけた」
その差はわずかだった。大車輪の働きを続けた山本から1点を奪うのに、この場面で安打は必要なかった。バーショのゴロがわずかに緩いか、あと少し横にズレていたら? カイナー=ファレファがあと少しだけ大きなリードを取っていれば? スミスが浮かせた足を下ろすのがもう少しだけ遅れていたら?
カイナー=ファレファのリードが小さく、スタートも遅かったことは、のちに取り沙汰された。実際に映像を振り返っても、マックス・マンシー三塁手が完全に無警戒だったにもかかわらず、ほとんどリードを取っていなかった。
スポーツメディア『The Athletic』のクリス・クリシュナー記者によると、MLBのデータサイト『Statcast』によるカイナー=ファレファのリードの位置データは、以下のとおりだったという。
・プライマリー・リード(投球前の最初のリード)は7.8フィート(約2.4メートル)で、ワールドシリーズでの全381人の走者中357位
・セカンダリ・リード(投球動作中のリード)は8.9フィート(約2.7メートル)で、同全376人の走者中366位
・スプリントスピード(走塁速度)は28.2フィート(8.6メートル)/秒で、同689回計測中61位
カイナー=ファレファの名誉のために記しておくと、異常なまでに小さかったリードはベンチからの指示だった。試合後、あの場面を振り返った30歳のベテラン野手はこう述べている。
「(コーチ陣から)ベースに近い位置にいるように、言われていた。あのような状況で、強烈なライナーでダブルプレーにされるのは避けたかった」
ブルージェイズの思考も理解できる。第6戦では2点を追った9回1死二、三塁、アンドレス・ヒメネスの左直で飛び出した二塁走者のアディソン・バージャーが戻りきれずに刺されてダブルプレーになっていた。第7戦でも8回無死二塁、ヒメネスのバスターからの弾丸ライナーがマンシー三塁手の正面をつき、あやうく併殺になりかけたシーンがあった。バーショの後を打つアーニー・クレメントが今ポストシーズンでは絶好調だったことも考慮し、ダブルプレーで一瞬にしてチャンスが潰えることだけは避けたかったのだろう。
しかしーー。超人的な粘り強さを示した山本から何とか1点をもぎ取る機会があったとすれば、やはりこの状況だった。カイナー=ファレファの走塁速度自体は十分だったゆえ、判断ミスとは言いきれない。言うなれば、ほんのわずかなボタンの掛け違い。バーショのバットからゴロが放たれてから、三塁走者がアウトになるまで4秒にも満たない一瞬のプレーを、ブルージェイズのファンは永遠に反芻することになるに違いない。
つづく