かつての京王杯2歳Sは冠名が「京王杯」ではなく「京成杯」だった。このレースとオータムハンデの冠名が交換されたのは98…
かつての京王杯2歳Sは冠名が「京王杯」ではなく「京成杯」だった。このレースとオータムハンデの冠名が交換されたのは98年のこと。今回は「京王杯」として初年度だった27年前の一戦を振り返る。
この年の京王杯3歳Sには不動の主役がいた。函館3歳Sを制したリザーブユアハートである。前走の新潟3歳Sでは初黒星となる3着に敗れていたが、ファンの信頼が揺らぐことはなかった。以下、ダートで2勝を挙げるシルバーサーベル、アイビーS覇者のエイシンルバーン、新潟3歳Sを制したロサードと続き、5番人気以下は単勝10倍以上だった。
レースはシルバーサーベルが逃げて、前半600mが35秒1の平均ペースで流れた。直線に向いて1番人気のリザーブユアハートが抜け出すかと思われたが、意外にも反応が鈍い。かわって伸びてきたのはロサード、そして紅一点のウメノファイバーだ。シルバーサーベルもしぶとく粘ったが、ゴール前は差し馬2頭の脚比べ。最後は伏兵のウメノファイバーがロサードを3/4馬身差抑え、先頭でゴールを駆け抜けていた。
単勝18.5倍の6番人気での戴冠となったウメノファイバーだが、これがフロックでなかったことは後の実績が証明している。翌年のクイーンCで重賞2勝目を挙げると、オークスも鮮やかに差し切り。同世代の牝馬の頂点に立ったのだった。