前編:MABP、いざ初の東日本実業団駅伝へMABPのプレイングマネージャーを務める神野大地。難病からの復帰途上で迎える今…

前編:MABP、いざ初の東日本実業団駅伝へ


MABPのプレイングマネージャーを務める神野大地。難病からの復帰途上で迎える今大会は監督に専念する

 photo by Murakami Shogo

【「このままじゃ難しい」からどう立て直したのか?】

 7月19日、ホクレン・ディスタンスチャレンジ(ホクレン)網走大会が終わった夜、神野大地は、こうつぶやいた。

「このままじゃ、(ニューイヤー駅伝の予選となる)東日本実業団駅伝の通過は難しい」

 神野がプレイングマネージャー(選手兼監督)を務める新たな実業団チーム、MABPマーヴェリックは、ホクレン北見大会(7月16日)と網走大会を、トラックシーズンのターゲットレースにしていた。だが、納得のできる結果を出したのは、実績のある鬼塚翔太だけ。主将の木付琳や新卒組の中川雄太、栗原直央、板垣俊佑は思うような走りができなかった

 そこから11月3日の東日本実業団駅伝に向けて、どうチームを立て直していったのか。

「ホクレンでは、結果が出なかったので『厳しいな』と思いました。ただ、このままでは東日本(実業団駅伝)は危ないという危機感を持つことができた。災い転じて......じゃないですけど、自分たちは予選通過のために夏合宿をしっかりがんばらないといけない。そうやって気持ちの面でプラスに働いたのはよかったです」

 7月末から菅平(長野県上田市)で行なった第1次夏合宿は、脚づくりなどベースの構築と有酸素ベースの練習がメインで、異例だったのは25日間という長い期間。大学や実業団の合宿はだいたい1週間から2週間くらいが一般的だが、神野は長期間の合宿にこだわった。

「僕らが大切にしたのは、合宿を1週間やって終わりではなく、25日間トータルでしっかりと走りこむ意識でした。例えば、通常の合宿では1週間で250km走って、合宿が終わった翌週は150kmとかに落ちがちですが、僕らは週200kmを超えるくらいで1週目、2週目、3週目と距離を落とすことなく走ります。25日間かけて、クロカンとかアップダウンの厳しいロードなど、かなりの距離を走ったので、陸上選手として、みんなよい取り組みができたなと思いました」

 8月末からの北海道・深川市と士別市での合宿では、トラックの10000mで結果を出すためのスピード練習を取り入れた。その頃には、体もかなり絞れた状態になり、トレーナーの中野ジェームズ修一の指導で体の使い方もよくなった。

「チームとしてすごくいい流れができているのを感じました。木付が3000mTT(タイムトライアル)で自己ベストを出しましたし、中川は5000m×3本を設定タイムでしっかり走れた。中川はチームで一番よかったんじゃないかな。練習の消化率は全員90%以上で、みんなレベルを上げてくれたなという合宿でした」

【3回の夏合宿で充実した時間を過ごせた】


「どうしたらチームとして1分、1秒を縮められるかを日々考えている」と語る

 photo by Murakami Shogo

 9月下旬の3次合宿は再び菅平で実施し、さらにこの合宿の5日後に開催される世田谷陸上記録会への出場を決めた。ただし、合宿は記録会に向けた調整ではなく、あくまで東日本実業団駅伝に向けての強化の場だと、選手には伝えた。

「1週間の走行距離は、3つの合宿のなかでここが一番多かったです。これは8月からの積み重ねがあってたどり着いたものです。無理して距離を稼ぐというよりも、淡々とこなし、かつ質の高い練習ができました。この両輪がうまくかみ合わさって、選手がいい状態になりました。夏からの3回の合宿では、正直、これ以上ないくらいチームとして充実した時間を過ごせたと思います」

 世田谷陸上記録会では、10000mで木付が28分21秒06、中川が28分49秒38、山平怜生が28分34秒95と、それぞれ自己ベストを更新。5000mでは栗原が13分51秒23の自己ベストをマークした。夏のホクレンでなかなか結果を出せなかった選手たちがしっかりと結果を出した。神野は大きな手応えをつかむとともに、選手の努力を称えた。

「木付は、正直、僕の想定を上回る走りでした。練習でも強さを発揮していたので、自己ベストが出る予感はあったんですが、彼の走りは大きかったですね。チームの中間層から、チームの順位を押し上げる選手がひとり追加された感じです。山平は、本人が狙っていたタイムはもう少し上だったので悔しそうでしたが、それでも自己ベストを出せているので、ベースが上がっていることは証明できたと思います」

 そして、神野が一番の成長を感じたのは、中川と栗原だという。

「中川は、この夏、一番距離を走って、体重も4kg減りました。國學院大時代、箱根(駅伝)直前(12月31日)にメンバーを外れた悔しい思いをずっと抱えていて、駅伝でリベンジしたいとMABPに入ってきた選手で、その覚悟を感じる夏でした。

 栗原は、1500mがメインですが、MABPでは駅伝を走ることが求められることを理解し、取り組んでいます。(1500mだけでなく)駅伝でも結果を出そうというマインドです。世田谷では5000mを走りましたが、10000mの練習もみんなとやっているので、東日本の4区から6区の8.2kmという距離にも不安はないです。それに、彼はチームスポーツの野球をやっていた経験があるので、チームの士気を高める必要なピースになっています(笑)」

 一方で、板垣と外国人選手には、少し物足りなさを感じた。

「板垣は、今チームで一番下ですが、そういう選手が自己ベストを出すような走りをしてくれると、チームのレベルが上がるし、強くなるんです。そういうところを求めていたんですけど、現状は厳しい。でも、(メンバーの少ないMABPは)日本人選手にケガ人が出たら走らないといけなくなるので、その気持ちを持ってほしいと伝えています。

 外国人の(ムモ・)ジョセフ(・ムスワンテイ)は、練習はできているけど、ラストに課題があるので、そこを改善できるかどうか。(チェルイヨット・)フェスタス(・キプロノ)は、夏に1km3分(ペース)でも走れなくなってしまって、血液検査を受けたら、重度の貧血でした。今はだいぶよくなって状態を上げてきています。2区(8.2km)で区間15番くらいを想定していたんですけど、今は区間ひと桁も狙えるくらいにいい感じです」

【選手の時と同じような緊張感がある】

 選手兼監督の神野は今回、出走しない。6月に難病ジストニアの手術を受け、そこから思うように回復が進まなかった。

「本当は走りたかったんですけどね。体が思うように動かないので複雑な気持ちもあるんですが、やりがいのある仕事をまかせてもらっているので、その仕事をまっとうすることが今の自分の大きなモチベーションです。もし、今も選手だけだったら、精神的にしんどかったと思うので、こうして自分の気持ちを入れられるような目標に携わることができて幸せです」

 東日本実業団駅伝に向けて、10月には千葉県内で最終合宿を行なった。この合宿も順調に終わり、選手には区間配置を伝えた。

「うちは突出したエースがいないので、チーム全体で戦うしかない。戦い方としては、大学駅伝のように最初から突っ込んでいくというのは、ほぼないですね。前を追いかけようとして2分30秒ぐらいで突っ込んでも、トータルでタイムが落ちるなら最初から一定のペースを刻んでいくことが大事だと思います。

 駅伝には流れがあるので、最初に大きく遅れてしまうと終わってしまう。そう考えると、まず1区、2区、3区をどう乗り越えるか。3区までは予選通過圏内(13位以内)でレースを進めたいですし、それができれば、よほどのことがないかぎりいけると思います。

 ただ、全体を冷静に見ると、(現実的には)3区終わりでボーダーよりちょっと後ろくらいかなと思うので、勝負は4区から(最終7区まで)どう前に出ていくか、ですね」

 予選通過できるのは上位12チーム(参加28チーム)に、タイム条件をクリアしたプラス1の計13チーム。登録メンバーのリストを見ると、GMOインターネットグループ、ヤクルト、富士通、SUBARU、ロジスティード、Hondaといった強豪はアクシデントがないかぎり、通過が濃厚。MABPは7位から13位までの椅子を争うことになる。

「上位チーム以外で予選通過を争うのは12、13チームだと見ています。他チームと自分たちの戦力を比較すると、現状、通過の可能性は50%です。決して楽観はできない。ボーダーライン上の厳しいレースになると思います」

 ひとつでも順位を押し上げるために必要なことは何だろうか。

「スタートラインに、みんながよい状態で立つこと。それができれば入賞争いにも加われると思うんです。だから、ケガなく、病気なく、当日のスタートを迎えてくれることが一番。今回、僕は選手じゃないですけど、選手の時と同じような緊張感があります。どうしたらチームとして1分、1秒を縮められるかを日々考えています。今は、すごく人生を"生きている"感があります」

 7月末からのすべての合宿に帯同し、選手のことをより理解し、練習はもちろん、座学、中野トレーナーの指導、食事での体づくりなど、あらゆる手段を講じてチーム全体のレベルを押し上げてきた。たぶん今は、チームに対して自分の子どものような愛着を感じているのではないだろうか。コツコツと力をつけてきたチームが、ヒリヒリするようなレースで、どんな走りを見せてくれるのだろうか。

 11月3日、MABPマーヴェリックが満を持して初陣を迎える。

後編を読む>>>東日本実業団駅伝に挑む注目の新チーム「MABP」、主将の木付琳は「ひとりでも欠けたらチームが終わるという危機感を持ってやってきた」