(26日、秋季高校野球中国大会準々決勝 崇徳5―0関西) 夏に流した涙を無駄にはしない。 7月26日、下級生のころから…
(26日、秋季高校野球中国大会準々決勝 崇徳5―0関西)
夏に流した涙を無駄にはしない。
7月26日、下級生のころから背番号1を付ける崇徳の徳丸凜空(りく)(2年)は広島大会決勝のマウンドに立っていた。
1―0とリードして迎えた九回表2死二塁。49年ぶりの全国選手権大会出場が目前に迫っていた。
1年生の春からメンバー入りしていた徳丸だったが、「初めて経験する球場の空気で、自分の気持ちもいっぱいいっぱいだった」と振り返る。
甘い初球を捉えられた。適時二塁打を浴び、追いつかれた。延長十回に勝ち越された。130球の熱投も実らず、涙が止まらなかった。
広島県福山市出身。中学時代、広陵を含めた他の高校からも声がかかっていた。それでも崇徳を選んだのには理由がある。
「崇徳が甲子園から遠ざかっているので、絶対に甲子園に連れていきたいと思った」
崇徳は1976年選抜大会の優勝を含む春夏通算5度の甲子園出場経験があるものの、93年の選抜を最後に途絶えている。
その甲子園に手が届くところで味わった敗戦。今では「あの大会を経験できたことで、今はピンチになっても冷静に、打者心理を考えることができている」と話す。
この日は走者を何度も背負ったが、落ちついていた。身長180センチの左腕から投げ込む直球とスライダーを低めに集めて、凡打の山を築いた。
九回になってもコントロールは狂わず、123球で7奪三振、無四死球で完封した。「走り込みでいったら、崇徳の投手はどのチームにも負けない」
準決勝で勝てば、選抜は当確だ。「(広島の学校は)広陵だけじゃないぞ、というのを示したい」(室田賢)