ソフトバンクが地力を見せ、2年ぶりの日本一奪還から数日。大いに盛り上がった戦いを振り返りながら頭の中に浮かんだのは、千…

 ソフトバンクが地力を見せ、2年ぶりの日本一奪還から数日。大いに盛り上がった戦いを振り返りながら頭の中に浮かんだのは、千賀滉大、石川柊太、デニス・サファテの名前だった。彼らは今年の日本シリーズでソフトバンクが勝利した試合の勝ち投手だ。このうち千賀と石川は育成出身。つまり、ソフトバンクが挙げた4勝のうち3勝(石川が2勝)は育成出身の選手の勝ち星だった。



日本シリーズで2勝を挙げた育成出身のソフトバンク石川柊太

 千賀は今年3月に開催されたWBCの日本代表にも選ばれるなど、ついプロへの入り口を忘れそうになるが、2010年に育成ドラフト4位でソフトバンクに指名された選手だ。このほかにも、先に挙げた石川(2013年育成ドラフト1位)。甲斐拓也(2010年育成ドラフト6位)、キューバ出身のリバン・モイネロも育成出身である。

 今回の日本シリーズでは実に4人の育成出身選手が、内川聖一や柳田悠岐といった年俸数億を超えるプレーヤーたちと並び、堂々の働きをみせていた。この事実こそ、過去のどんな常勝チームとも違うソフトバンクならではの強さを感じるのだ。

 日本シリーズ開幕前には両球団の総年俸(外国人選手を除く)が話題になった。ソフトバンクが12球団トップの42億800万円なのに対し、DeNAは12球団で最も少ない15億8622万円だったからだ。ただ、2勝を挙げた石川は500万円(DeNAの細川成也と同額)、甲斐も900万円と、ソフトバンクの主力選手だからといって誰もが高額のプレーヤーではない。

 その石川だが、入団してから2年間は肩やヒジの故障が続き、三軍でリハビリ優先のメニューをこなした。3年目からウエスタンリーグで登板。そこで好投を重ね、昨年7月に支配下登録された。甲斐は、ウエスタンリーグと三軍の試合で実戦経験を重ね、2013年オフに支配下登録。今年は80試合で先発マスクを被るなど急成長を遂げ、日本シリーズでも1、2、6戦にスタメン出場した。

 永山勝チーフスカウトが彼らの入団当時を振り返る。

「石川は大学(創価大)の1年先輩に小川(泰弘/ヤクルト)がいて、最終学年までそれほど目立つ存在ではありませんでした。ただ、制球はアバウトでもボールに力があったので、『実戦経験を積んでいけば……』という見方でした。甲斐はとにかく肩が素晴らしかった。プロの選手と見比べても十分なものがあり、もう少し身長(170センチ)があればもっと注目されてもおかしくない選手でした」

 千賀は近年の活躍で広く知られるようになったが、愛知県にあるスポーツ用品店のスタッフから情報を受け、ドラフト前にソフトバンクのスカウト陣が視察に訪れた。そこで見た力強いストレートと投げっぷりのよさに指名を決めた。

「ひょっとして2、3年後に化けるかも……」という選手を獲得できる資金力と育成環境。その中に2011年から活動しているソフトバンクの三軍の存在が大きく関わってくる。

「試合を経験させることが必要な選手と、体づくりに専念させることが必要な選手がいます。その選手が早く力をつけるにはどちらがいいのか。選手個々に合った育成方針を見極めて、スカウトや現場も意見を共有しながら、しっかり三軍を活用してやっています。上林(誠知)や武田(翔太)も三軍を経て、上がっていった選手たちです」(永山チーフスカウト)

 現在、プロ野球で三軍制を導入しているのは、ソフトバンクのほかに広島と巨人があるが、広島は故障者のリハビリの場という色合いが強く、巨人も本格的に試合を行なうようになったのはまだ昨年から。

 育成環境の充実が選手の成長をうながし、チーム内の競争をより激しくする。下からの突き上げが一軍の選手たちに刺激を与えていることは言うまでもない。クライマックスシリーズ(CS)から日本シリーズと続いた戦いを見ても、生き残りをかけたアピールの場と思えるほどの空気感が伝わってきた。

 たとえば、CSではシーズンわずか2試合のみの出場だった城所龍磨が楽天のエース・則本昂大から2本の二塁打とファインプレーで大きな勝利を呼び込み、日本シリーズ第1戦ではシーズン23試合の出場にとどまった選手会長の長谷川勇也が試合の流れを決める2ランを放った。

 第2戦では、2点ビハインドの7回に代打で登場した明石健志の二塁打から試合が動き、逆転に成功。実績のあるベテランが起用された場面できっちり”仕事”をこなすシーンが目についた。

 その一方で、悔しい思いをした選手たちも少なくない。今シーズン初めて規定打席に到達した上林は、楽天とのCSファイナルステージの第1戦、第2戦にスタメン出場するもノーヒット。その後スタメンを外れ、日本シリーズでも代打で1試合出場するにとどまった。日本シリーズ第2戦でスタメン起用された江川智晃も2打席2三振と結果を残せずに途中交代。その後は出番なく終わっている。

 また、一昨年まで4年連続開幕投手の攝津正は、日本シリーズ第4戦に3点ビハインドの8回に登板し3失点。同じ試合で攝津の前に登板し、かつて”勝利の方程式”の一端を担った五十嵐亮太も高城俊人に手痛い一発を浴びた。

 それだけではない。シリーズ中にはかつて主戦投手のひとりとして活躍した大隣憲司や、昨年、今年とウエスタンリーグ最多勝の山田大樹らが来季の構想外であることが報じられた。

 一瞬でも気を抜けば誰かに取って代わられる、まさに”サバイバル”。こうしたチームづくりは、時として選手の意欲を削いでしまうリスクもはらむ。しかし、現状のソフトバンクから伝わってくるのはマイナスよりもプラス面。弱肉強食の戦いの中にも徹底した実力主義と透明性が確保されているからだろう。

 その象徴としてチームの空気をつくっているのが、育成出身の選手たちの活躍だ。彼らが一軍の舞台で結果を出している姿を見れば、誰も不満を口にするわけにはいかない。

 ポストシーズンが進む傍(かたわ)ら、宮崎ではフェニックスリーグが行なわれていた。そこには真砂勇介、釜元豪(育成出身)、茶谷健太、黒瀬健太、笠原大芽、古谷優人、野澤佑斗(育成出身)ら、スケールのある好素材の選手たちが、虎視眈々とそのときを狙っているかのように汗を流していた。

 永山チーフスカウトは「チームが強くなるには時間がかかり、弱くなるのは一瞬」と言った。だが、チーム強化のための環境、システム、そして選手たちの意欲が揃うソフトバンク。現状からチームの停滞を想像することは難しい。連続日本一に向け、もう戦いは始まっている。