「三振だ。あっ、また取った。すごいのがいるじゃないか。こんな投手、見たことないぞ」 電話口で実況放送のように話す健大高…
「三振だ。あっ、また取った。すごいのがいるじゃないか。こんな投手、見たことないぞ」
電話口で実況放送のように話す健大高崎の青柳博文監督(53)の口調が興奮のあまり、どんどん高ぶっていくのがわかった。沖縄県・久米島からの電話を受けていたのは、洞爺湖リトルシニアの若松敦治(のぶはる)監督(51)。東北福祉大で1学年違いの先輩、後輩の間柄だ。
2021年の暮れ。青柳監督の視線の先には、中学2年でシニアの北海道選抜18人に選ばれた石垣元気投手がいた。最速158キロの速球を武器に、今年のプロ野球ドラフト会議で高校生ナンバー1投手との呼び声が高い。
石垣選手は両親の勧めもあり、高校は道内の私立強豪校に進学すると決めていた。それでも青柳監督は「とにかく一度、話をしたい」と、さっそく沖縄県で健大高崎への入学を熱心に誘った。
後に師弟関係となるこの出会いは、偶然の産物だった。年末年始の恒例だった台湾でのシニア大会が新型コロナ禍の影響で中止になり、沖縄県で代替の大会が開かれていた。健大高崎も同時期に県内でキャンプを張っており、青柳監督は別の選手を目当てに視察に来ていた。
若松監督の石垣評は「負けん気や責任感の強さが、時に気負いすぎなどマイナスに働くこともあった」。技術や戦術だけでなく、支えてくれる周囲の人たちや仲間への感謝、気配りなども忘れないのがチームの決まりごとだ。「日ごろから口うるさく指導していたし、難しい年頃だから(石垣から)避けられていたと思う」と振り返った。
今夏、卒団後初めて、練習会場で石垣と再会を果たした。「日本(のプロ野球)で頑張って、それから大リーグの方がいいんじゃないか」「僕もそう考えています」。「でも、おまえがこんなに成長するとはみんなびっくりしてるだろ」「ええ、父や兄が一番驚いてます」。
たわいもない会話だが、「普通に話をしたのは初めてかもしれない」。半袖シャツ、短パンからのぞくがっしりした体格。そして穏やかな口ぶりに「成長を感じた」。
高校に進み「すごい選手が集まる中で切磋琢磨(せっさたくま)し、仲間を信じて任せたり安心してマウンドに立てたりするなど、メンタル面も鍛えられたんでしょう」と目を細めた。
石垣選手はシニア時代、すでに常時140キロ近い球を投げており、伸びのある球は威力抜群だった。大学で門倉健投手(元中日、大阪近鉄など)とバッテリーを組んでいた若松監督も「回転数が多い球で、ホップしてコースから球が隠れるように見える。ちょっと怖かったな」と振り返った。
「球種がわかっていても空振りがとれる投手に成長して」と願う。大リーグでも活躍した佐々木主浩、斎藤隆といった母校出身の大投手の名を挙げ、石垣投手の無限の可能性に太鼓判を押した。(松本英仁)