地球規模で拡大し続けるサッカー。選手たちがプレーする大会は増え、技術や体力の向上では補いきれない「負荷」がかかっている…
■1試合「平均92分44秒」出場を72試合
問題は「不完全なオフ」だけではない。シーズン中に70以上の試合に出場した選手も何人もいた。クラブの試合数は、最多でもシーズンに60程度だが、そこにナショナルチームでのプレーが加わるからだ。
FIFAクラブワールドカップで準決勝まで進出したスペインのレアル・マドリードでプレーする、ウルグアイ人MFフェデリコ・バルベルデは、2024/25シーズンにクラブの国内公式戦(リーグ、カップなど)43試合、クラブの国際試合22試合に出場し、そのうえ、ウルグアイ代表で7試合プレーした。計72試合である。
驚くべきは、彼のプレー時間である。72試合でバルベルデがピッチに立っていた総計は6676分間。これを72で割ってみてほしい。1試合平均92分44秒(!)にもなるのである。ほぼフル出場である。
同じレアル・マドリードのMFルカ・モドリッチ(現在ACミラン所属)は、41試合、22試合、代表10試合に加え、クラブの親善試合にも3回出場して計76試合とバルベルデを上回った。しかし、出場時間は4376分間で、バルベルデの65%だった。さらに代表チーム参加の負荷という面では、バルベルデのほうが重いように見える。彼はこの間に「生か死か」のようなワールドカップの南米予選を7試合も戦っているのである。当然、そのたびにマドリードから10数時間をかけて南米に戻り、南米の中でも4時間、5時間になる旅行をこなしている。その負荷は計り知れない。
■丸9日間を「飛行機で過ごした」豪州代表
オーストラリア代表GKマシュー・ライアンは、現在はスペインのレバンテでプレーしているが、2024/25シーズンにはイタリアのASローマに所属し、シーズンなかばでフランスのRCランスに移籍した。ローマでは出場機会がなかったが、このシーズンのオーストラリア代表の活動にすべて参加した。
もちろん、5回の活動、全10試合がワールドカップのアジア最終予選である。2024年の9月、10月、11月、2025年の3月、そして6月に2試合ずつ行われた予選で、オーストラリアは毎回ホームゲームとアウェーゲームの繰り返しだった。すなわち、ライアンは、代表活動のたびに一度はオーストラリアに戻り、その前あるいは後にインドネシア、日本、バーレーン、中国、あるいはサウジアラビアで、出場するか、ベンチで控えたことになる。
ちなみに、ライアンはASローマで出場機会に恵まれなかった2024年の秋に、3試合ベンチに座り続けたが、11月のバーレーン戦(アウェー)でゴールマウスに戻ると、今年に入っての4試合ではフル出場した。ただ、ベンチにいても出場しても、旅行の負担はまったく同じだ。
イタリアのローマからシドニーは最短距離で約1万6300キロ、パリからだと約1万7000キロ、「地球半周」と言っていい距離になる。
このほかに、ライアンは、ASローマに在籍していた期間に「UEFAヨーロッパリーグ」で3試合のアウェーゲームでベンチ入りしている。相手は、スウェーデンのエルフスボリ、ベルギーのユニオン・サンジロワーズ、そしてイングランドのトットナム・ホットスパーだった。
これらを合計して、2024/25シーズンでライアンのサッカー選手としての「国際旅行」の総キロ数は16万9087キロにもなったと、FIFPROは報告している。要した時間は217.7時間に及んだ。丸9日間を飛行機の座席で過ごし、地球を4周(!)。その移動の先々で、厳しいトレーニングと、ものすごい重圧の試合がライアンを待っていたのは言うまでもない。
■他のプロスポーツよりも「短すぎるオフ」
FIFPROの報告で最も衝撃的なのは、世界の主要なプロスポーツにおける「オフ」の長さの比較である。
アメリカのスポーツで言えば、バスケットボールのNBAでは「ファイナル」に出場しても14週間、プレーオフに出なければ23週間、野球のMLBでは「ワールドシリーズ」出場チームは15週間、プレーオフに出なければ20週間のオフがある。オーストラリアン・フットボールのAFLでも、ファイナル出場チームで14週間、プレーオフに出なければ17週間となっている。すなわち、世界のトップクラスのサッカー選手と同様の高額を稼ぐプロスポーツで、選手たちは2か月半から5か月間もの「オフ」を取っているのである。
それに対し、欧州のトップサッカークラブの選手たちは、本来オフであるはずの6月に代表活動が入るため、平均して3週間(!)ほどしかオフを取れていないという。
■収益重視の拡大は「サッカーの自殺行為」
英紙『タイムズ』の前掲記事によると、UEFAチャンピオンズリーグに出場するクラブのレギュラー格の選手が負傷すると、クラブは1日あたり1万7000~2万ユーロ(約300~350万円)の損失になり、チャンピオンズリーグに出場しているクラブを総計すると毎シーズン2000万ユーロ(約35億円)もの損失になるという。
それでも過酷な日程で試合することをチームに強要するのは、500億円から1000億円になる1クラブあたりの年間収益から比較すれば、故障欠場による損失額は「受け容れられる範囲」だからだろうか。しかし、このまま試合数が増え、しかも、そのプレーがインテンシティー(プレーの強度や激しさ)の高いものになっていけば、遠からず破綻がくる。すでに疲弊しきっている選手たちが故障し、選手生命を縮めていく。
収益のために投資している欧州のトップクラブのオーナーたちの立場なら、チームや選手により多くの試合数やタイトルを求めるのは当然かもしれない。しかし、世界のサッカーをリードしなければならないFIFAが、FCWCのような大会を強引に開催し、さらにそれを「収益重視」で拡大しようとしているのは、「サッカーの自殺行為」に等しい。
今、何が、そして誰が「サッカーの敵」なのか、しっかり考える必要がある。