山口氏は横浜在籍時代、先発、抑えとしてチームを支えた(C)産経新聞社 野球界において、優勝に向かうチームの力強さとともに…

山口氏は横浜在籍時代、先発、抑えとしてチームを支えた(C)産経新聞社

 野球界において、優勝に向かうチームの力強さとともに、光と陰としてBクラスが長いチームに在籍する選手は様々な面で、苦労があったとされる。フジテレビ系「ジャンクSPORTS」は9月27日に「爆笑!万年Bクラス 後編」を放送。

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 長く低迷に悩まされたチームに在籍した球界OBたちが出演、当時の苦労話をユーモアを交えて振り返った。

 前田幸長氏はロッテから中日に移籍、星野仙一監督率いるチームが移籍後にリーグ優勝を果たし、ビールかけを体験したことで「こんなに楽しいことってあるんだ」と強く印象に残ったという。

 またBクラスのキャンプメニューは厳しかったという話題となり、当時低迷に苦しんでいたDeNAに在籍した山口俊氏は練習メニューの内容に関してもコーチ陣とぶつかったとした。

 当時のトレーニングコーチが元陸上選手、トライアスロンなども経験していたことで徹底した走り込みを命じられたとした。

 「技術練習よりも陸上競技場にいる時間が長い」「半端なく走る」ことで、投球にかける負荷も調整しなければいけなくなったという。

 本来ブルペンで100球投げるところを「ブルペン20球でランニング用に体力を取って」おくこともあったとした。

 さらに、当時は山口氏もプロ入り浅く、血気盛んだったとして「そのトレーニングコーチの胸倉つかんで、ケンカして…」「こんな事やっても、意味ねーよ!」と常にケンカしながら、トレーニングを行っていたとした。

 長いときではランチ後に隣接する陸上競技場に移動し、12時半から夕方の6時半まで走り込みを行っていたとし、「陸上部に入ったのかなと。いや、きつかったですよ」と赤裸々に当時の思い出を語り、ほかの共演者の笑いを誘った。

 山口氏は2005年高校生ドラフト1巡目で横浜(現DeNA)に入団、先発、抑えとしてチームを支えた。16年オフに巨人へFA移籍、19年には15勝をマーク、最多勝のタイトルも獲得。チームのリーグ制覇に大きく貢献した。メジャーにも挑戦し、豪快な投げっぷりでファンの支持を集めた。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]

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