経験を重ね、頼もしく左腕を振るう岩貞。そのキャリアは平たんではない(C)産経新聞社後輩たちに欠かせない助言者に ずっとエ…

経験を重ね、頼もしく左腕を振るう岩貞。そのキャリアは平たんではない(C)産経新聞社
後輩たちに欠かせない助言者に
ずっとエリート街道を歩んできたわけではない。むしろ、プロに入ってからは苦しんだ時間の方が多かったのかもしれない。阪神の岩貞祐太は今年でプロ生活12年目。9月20日のDeNA戦(甲子園)では、NPB通算300試合登板に到達した。
「300も通過点なので。これからどんどん増やしていきたい」
先を見据える表情には、少しだけ充実感もにじんだ。20年から中継ぎに配置転換され、直近5年で3度も40試合以上に登板し、そのうち2度は50試合以上。守護神の岩崎優とともに、ブルペンの精神的支柱として23年、25年と2度のリーグ優勝に貢献した。
救援陣に聞けば、「岩崎さんと岩貞さんがすごくやりやすい空気を作ってくれている」という声をよく耳にする。「空気」と簡単に言っても、上下関係のない和気あいあいとしたものだけでは決してなくオンとオフの切り替えという部分も含まれ、時にはピリピリとした緊張感も作る。
そして、後輩たちにとって貴重なのが経験に基づいた助言の数々で、対戦する可能性のある他球団の打者についてはもちろん、細やかな準備面まで細部に至る。昨年の勝ちパターンから今季は試合中盤や劣勢でも起用されるなどポジションが少し変わった桐敷拓馬には、「(登板機会が昨年より)ちょっと早くなるから同じ時間に食べていたら消化しきれないよ」と試合前の食事の取り方についてアドバイスすることもあった。
「とにかくチームが勝つためにできることを考えています。自分が投げて結果を出すことはもちろんですが、後輩たちが力を発揮できるような環境、空気を作ることも自分の仕事だと思っています」
今の岩貞は、ブルペンにとって欠かせない大きくて頑丈な“歯車”のような存在だ。
そんな34歳がタテジマに袖を通したのは、即戦力左腕としてだった。13年に横浜商大からドラフト1位で入団。大学時代に岩貞の投球を目にした同期入団で6位の岩崎に「こういうピッチャーがプロに行くんだ」と痛感させるほどの圧倒的な力を持った次代のエース候補だった。
だが、プロ入り後に待っていたのは、故障との戦いの日々。1年目の春季キャンプで練習試合に登板した後に左肘痛を発症。大学時代は涼しい顔で先発3連投もこなしていただけに「落ち込むより、びっくりしました。ピッチャーを始めてから肩、肘を痛めたことはなかった」といきなり躓いた。
転機となったのは、プロ3年目の16年。当時の金本知憲監督に潜在能力を買われて開幕ローテーション入りを果たすと、4月2日のDeNA戦(横浜)で7回無失点、12奪三振の快投でシーズン初勝利をマークした。その試合前には、緊張でガチガチになっている姿を目にした指揮官から「100点取られても次使ったるから、思い切っていけ!」と背中を押された。信じてもらえることのありがたみ、期待に応える快感を味わった忘れられないマウンドから、その年は初めての2桁勝利をマークした。
故郷を襲った熊本地震。胸に刺さった友の「言葉」
あらゆる経験を重ねる中で、岩貞は愛する地元への思いも背負って腕を振ってきた。
16年4月14日に故郷を襲った熊本地震。そこに被災した友人、知人もいた。幼少期に待ち合わせ場所にしていたスーパーも倒壊。「俺たちの待ち合わせ場所が……」と電話口で涙する友人の言葉が胸に突き刺さった。
「正直、野球どころではないと思いましたし、自分が勝っても、勝たなくてもいいやと思ってました。とにかく熊本のことが心配だった」
震災2日後には先発登板で7回無失点と好投したが、投げる意味を見いだせなかったのも本音だった。
だが、思わぬ声が届いたのは、その熊本からだった。
「僕の投球を見て、熊本の人たちが“勇気をもらった”とか“元気をもらった”と連絡をくれたんです。『あ、そうなんだ』と。自分が勝つことの意味を、そこで理解できた。離れたところでニュースを見て、ショックを受けている僕たちより、被災している人たちの方が前を向いていた」
17年からは勝利数やホールド数に応じて熊本・益城町に野球用品などを寄贈する活動も行ってきた。
「熊本の方々に喜んでもらって、なおかつその成績によって貢献できたり。そういうことができる立場にあるので。1人でも、2人でも、元気になってくださる方がいるのならば僕は一生懸命頑張りたい」
左肘の激痛というどん底からプロ野球人生は始まり、歩を進めていたはずのエースへの道は途中で“方向変換”を余儀なくされたが、背番号14はブルペンというやりがいのある「働き場」にたどり着いた。1軍で2試合登板に終わった昨季からの巻き返しは辛苦を味わってきた“ドラ1”の底力でもある。
「ブルペンのみんなで力を合わせて戦っていく、その思いはずっとブレないし、これからも変わらない。まだまだ戦いは続くのでチームが勝つために何をすべきか考えながら投げていきたい」
こんなベテランがいることも、阪神がリーグ覇者となった理由の1つだ。
[取材・文:遠藤礼]
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