アフマダリエフを内容で支配した井上。その違いを見せつけるパフォーマンスに賛辞が尽きることはない(C)産経新聞社評価アップ…

アフマダリエフを内容で支配した井上。その違いを見せつけるパフォーマンスに賛辞が尽きることはない(C)産経新聞社
評価アップに繋がった普段とは毛色の違うパフォーマンス
世界スーパーバンタム級の4団体統一王者・井上尚弥(大橋)がムロジョン・“MJ”・アフマダリエフ(ウズベキスタン)戦でみせたアウトボクシングは、アメリカのボクシング関係者の間でも好評だった。
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井上は9月14日、名古屋のIGアリーナで行われたアフマダリエフとの防衛戦で大差の判定勝ち。豪快なダウンシーンこそなかったものの、軽快かつ巧妙なヒット&アウェイを継続しての“完封勝利”だった。リオ五輪の銅メダリストでもある相手をほとんど子ども扱いした勝ち方に、元世界王者であり、現在は解説者を務めるクリス・アルジェリは専門ポッドキャスト番組『Inside Boxing Live』内で大絶賛した。
「試合前、イノウエ本人が『もっと慎重に戦う。アウトボクシングをする。勝つことに集中する』と言っていたが、私は信じてなかった。あのファイティングスピリット、日本のサムライ魂がゆえに、一発でもパンチをもらったら打ち合いになると思っていた。アフマダリエフがそれを引き出すと思っていたのだ。しかし、私の読みは外れた。イノウエはまたしても私を裏切った。あの男は本当に別格。次元が違うボクサーだ」
近年、軽量級を席巻する“モンスター”の名声はアメリカにも轟いていたが、やはり“派手な試合をするパワーパンチャー”の印象が強かった。もちろんその背景に十分な技術の下地があることも認められてはいたものの、やや強引に攻めた過去数戦で2度のダウンを喫したこともあり、今後を危ぶむ声も少しずつ出始めていた。
そんなタイミングで、井上が披露した普段とは毛色の違うパフォーマンス。海外の関係者にとっては、軽いサプライズとなり、結果的に評価アップに繋がった感がある。
「身体的な才能も規律も桁外れだし、ナオヤ・イノウエという人間の偉大さを私たちリアルタイムで見ているんだ」と言ったアルジェリの声はアメリカの関係者の代表的な声。32歳になった井上への注目度は今後、さらに高まると言えよう。
日本のファンにとっては、井上のアウトボクシングはサプライズとまではいかなかったに違いない。もともと“モンスター”は攻守両面に長けた万能ボクサーであり、今回は数ある引き出しのうちの1つを使っただけに過ぎない。筆者の取材経験の中でも、2023年12月にマーロン・タパレス(フィリピン)に10回KOを飾った後の単独インタビューで、決着が終盤ラウンドにまでもつれ込んだことに関して井上はこう述べていた。
「チャンピオンクラスの選手が守備的に戦ったら、やっぱりああなる(少し長い試合になる)よねっていうところはありますよね。自分も距離を取って、脚を使って、守備的に戦えば、塩試合にすることは可能ですから」
もっとも、近年はファンを喜ばせることにこだわっていた井上が、あそこまでヒット&アウェイを徹底した姿が意外性になったのは事実である。その結果として、判定勝負ではあっても“塩試合”にならなかったのは“モンスター”の凄さ。その背景にはアフマダリエフへの評価の高さがあったはずだが、そんな戦い方を完遂したからこそ、今後の強豪対決がより楽しみになったという見方もできるはずだ。

信頼の厚い真吾トレーナーと構築したスタイルには米国内でも評価が高まった(C)Getty Images
ピカソ戦、そして中谷とのビッグマッチで望まれる戦い方は?
アフマダリエフ戦の直後、井上は12月27日にサウジアラビアでアラン・ピカソ(メキシコ)との次回防衛戦の実施がすでに発表されている。その一戦もクリアすれば、いよいよ来春に中谷潤人(M.T)とのスーパーファイトが視界に入ってくる。ここでの注目は、井上がどんなスタイルで試合に臨むか、である。
32勝(17KO)1分という立派な戦績を持つ25歳のピカソだが、まだトップランカーの称号に見合った力強さは感じさせていない。7月の前戦でも亀田京之助(MR)に手を焼き、2-0の判定勝ちにとどまった。ルイス・ネリ(メキシコ)、ラモン・カルデナス(アメリカ)のようなパワー、タパレス、TJ・ドヘニー(アイルランド)のような経験も持たないだけに、井上を警戒させるファクターには乏しい。2025年は4戦目となる王者が早期決着を狙い、ある程度、強引に攻めても突破できる挑戦者であるようにも思えてくる。
とはいえ、直後に中谷戦が控えているだけに、“モンスター”ももちろん隙のない強さを改めて見せておきたいと考えるに違いない。
だとすれば、ピカソ戦も少なくとも序盤はアフマダリエフ戦を彷彿とさせるような軽快なアウトボクシングも展開するのか。その上で中盤以降はよりプレッシャーを強め、ストップに持ち込めば、大一番に向けた期待感はさらに高まるはずだ。そのようにアウトボクシングとストロングスタイルをどのように融合していくのかが、今後の注目ポイントになっていくのだろう。
「イノウエは階級を上げながら進化を続けている。確かにパンチ力や一発のショットは以前ほど見せてないかもしれないが、他の面がどんどん出てきて、複雑さや多層性が見えるようになってきた。彼の父親でもあるチーフトレーナーがいかに優れているかもよく分かる。アフマダリエフを御し、ボクシングの技術で封じて打ち込んだイノウエの能力には本当に感銘を受けた」
これまで多くのエリートボクサーを見てきたアルジェリがそう感心するほど、井上の持つ潜在能力は飛び抜けている。対戦相手の質が高まるほど、そのボクシングは研ぎ澄まされる。だとすれば、世界待望の中谷戦、さらには“最終章”のフェザー級進出と進む過程で、また段階の違う強さで魅了してくれるかもしれない。そのボクシングキャリアはもう終盤に差し掛かっているはずだが、“モンスター”の軌跡から目が離せない日々が続くことは間違いなさそうだ。
[取材・文:杉浦大介]
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