不思議と悲壮感はあまりなかった。 「やっちゃったなあ……」 けがをした瞬間、そんな思いが頭をよぎったという。 8月23…

 不思議と悲壮感はあまりなかった。

 「やっちゃったなあ……」

 けがをした瞬間、そんな思いが頭をよぎったという。

 8月23日、サッカーのドイツ1部リーグの開幕戦。

 ベルギーから今夏、ホッフェンハイムに加入した日本代表のDF町田浩樹(28)は、レーバークーゼンを相手にセンターバックで先発。ブンデスリーガデビューを果たした。

 「(開幕前の)プレシーズンで監督やチームメートから信頼を得ることができた。開幕スタメンを勝ち取り、勝負はここからだと思っていた」

 しかし、そんな思いは暗転する。

 わずか40分後。前半終了間際に相手選手と激しく接触し、左ひざを痛めた。診断は前十字靱帯(じんたい)断裂。来年6月に開幕する北中米ワールドカップ(W杯)まで、あと1年を切ったなかでの大けがだった。

 「悔しいけど、もうけがをしてしまった瞬間から、次のことを考えていた。W杯に、いかに間に合わせるか。数時間後には、そう考えていた」

 自身のSNSにこんなメッセージを投稿した。

 「プロ2年目、Jリーグデビュー2試合目 前十字靱帯断裂 『あの怪我(けが)がなければ…』 違う。あの怪我があったから ブンデス、日本代表まで辿(たど)り着いた。なら今回も変わらない。(中略)俺はまだまだここからっす!」

 実は開幕前、記者は町田にオンラインインタビューをしていた。

 今回の移籍にあたっての覚悟、ドイツからW杯に向けた思い。「必要なタイミングでいい経験ができている」と充実した表情で語っていた。

 やりとりの中で、ある質問を投げかけた。

 自らの体を思うように動かせるようになったのはいつ?

 町田は、J1鹿島アントラーズに所属していたプロ2年目を挙げた。リーグ戦デビューから2試合目で右ひざの前十字靱帯を損傷し、リハビリに取り組んでいた期間だ。

 身長190センチと日本人では珍しいサイズと技術を兼ね備えた町田は、高校時代から注目を集めていた。ただ、プロ入り直後からしばらくは壁にぶつかっていたという。

 「それまで空中戦も全部勝っていたけど、体が大きいだけじゃ通用しなくて。正直、プロとユースのレベルの違いを感じる日々だった」

 自分を変えなければ、と思っていた矢先に大けがを負った。町田は、自分の体を一から作り直すことを決めた。

 トレーニングの専門家のもとに通い、股関節まわりの使い方を見直すことから始めた。四股を踏み、体の軸を鍛える。筋トレも、食事の量も見直した。体重は5キロ増え、体つきが明らかに変わった。

 「野球に例えると、自分は人より長いバットを振っているような感覚なんです。手足の長さを、いかにうまく扱うかを学んだ期間だった。間違いなく、今の選手としての土台になった」

 だから、2度目のひざの負傷ですぐに浮かんだのは「あのけが」だったという。

 「ドクターから診断を聞いた時に『ああ、また前十字か』と。リハビリ期間も長くてキツいけど、一度完全に復帰して、パフォーマンスをあげられた自信もあった。過去の成功体験があるからこそ、そこまで悲観はしなかった」

 そして、「本当にあのプロ2年目に身体と向き合って、トレーニングしたおかげでいまの土台がある」と改めていう。

 堂安律、久保建英ら2021年の東京五輪を戦った仲間たちが大半を占める今の日本代表への思いは強い。けがをした後も、直接連絡をくれた選手が多くいた。

 「今の代表チームは、五輪から共に戦ってきているメンバーが多くて好きだし、最終予選も長く彼らと戦ってきた。やっぱり、今回の大会は自分にとっても特別」

 正直、W杯に間に合うかどうかはギリギリだと感じている。たとえ実戦復帰しても、トップパフォーマンスにたどり着くまで時間が必要なことも、経験から理解している。

 ただ、こうも思う。

 「あと2、3カ月遅くけがをしていたら確実にW杯の可能性はなかった。だけど、このけがが今起こったことは何か試されているような感じがする。可能性があるなら賭けない理由はない」

 手術は無事に終わった。まずは目の前の一つ一つのリハビリに全力で取り組む。自分と向き合い、壁を乗り越えてきた自負が、町田を突き動かしている。(照屋健)