陸上の世界選手権(世界陸上)東京大会の男子棒高跳びで、アルマント・デュプランティス(スウェーデン)が6メートル30の世…

 陸上の世界選手権(世界陸上)東京大会の男子棒高跳びで、アルマント・デュプランティス(スウェーデン)が6メートル30の世界新記録を樹立し、3大会連続で金メダルに輝いた。

■世界記録のための特注ポール

 午後11時が近づいても、大観衆は帰らなかった。全ての視線は、男子棒高跳びのアルマント・デュプランティス(スウェーデン)に注がれていた。

 優勝は早々と決めた。観客の関心はその先にあった。自身の世界記録を1センチ超える、6メートル30への挑戦だ。

 この日のために用意した、今までで最も長いポールを使った。2回連続でわずかに失敗し、最後の1回。でも、プレッシャーはない。「試合には勝ったから、あとはデザートを食べる感覚。ボーナスラウンドだ」。

 背中を押すように、立ち上がった観客から自然と手拍子がわきおこる。ポールと体を一直線にして空へ跳んだ。バーは落ちない。1センチずつ刻んできた、14度目の世界記録更新だ。

 2021年東京五輪で金メダルをつかんだ。ただ、当時は無観客。「不気味な雰囲気だった」と世界新記録を逃した。4年ぶりの東京でのリベンジに、「運命を分けたのは、今回は観客が力を送ってくれたこと。終盤に疲れが出た時に、本当に助けてくれた」

 男子100メートルの世界記録保持者、ウサイン・ボルトの後を継ぐ陸上界の「顔」だ。その姿は「スター」とはどうあるべきかを教えてくれる。

 米国出身の父とスウェーデン出身の母を持つ。棒高跳び選手だった父の影響で3歳からポールを握った。

 米国で育った少年時代は野球にも打ち込んだ。この日の競技の合間、打席で右腕を前に伸ばしてから構えるしぐさをした。大リーグで活躍したイチローさんのものまねをした。「彼を見て育った。日本の人たちが分かってくれたらいいなと思って、遊びで」

 6月のダイヤモンドリーグで驚かされたことがある。前日会見後の取材エリアで、世界のメディアが一対一のインタビューを立て続けに行った。記者の元へ来るころには1時間が経っていた。それでも笑顔で、質問が尽きるまで応じてくれた。

 父のグレッグさんは言う。「幸い、彼の性格は有名になっても変わらない。小中学校の友人と今でも仲が良い。それが彼の人柄を表している」

 かつて世界選手権を6連覇した「鳥人」セルゲイ・ブブカ(ウクライナ)の記録を15センチも上回った。五輪はすでに2度制し、これで世界選手権は3連覇。25歳にして、全てを手にしたかに思える。

 だが、心配は不要だろう。彼にしか起こせないこの日のような熱狂が、モチベーションになり続けるはずだ。(加藤秀彬)