ナショナルオープンはその国で最も大切な試合で、誰もが歴史の1ページに名前を刻むべく、堅忍不抜(けんにんふばつ)の精神で挑…

ナショナルオープンはその国で最も大切な試合で、誰もが歴史の1ページに名前を刻むべく、堅忍不抜(けんにんふばつ)の精神で挑む…といった格式の高さは、日本ではいつの間にか色あせてしまったようである。海外で戦う選手が増え、世界での活躍が選手を評価する尺度になっていることは喜ばしいが、それによってナショナルオープンの価値まで失われてしまったのだろうか?
ゴルフにおけるナショナルオープンの歴史を振り返ると、第1回の日本オープンは1927年に程ヶ谷カントリー倶楽部で開催された。アマチュア12人、プロ5人が出場し、2日間72ホールで争われた大会は、アマチュアの赤星六郎が2位に10打差をつけて初代チャンピオンに輝いた。2022年、東北福祉大4年の蝉川泰果が赤星以来、95年ぶりとなるアマチュア優勝を飾ったが、いったいどれだけの人がこの歴史的な出来事に関心を持っただろう?
90回目となる今年の日本オープンは10月16日(木)に日光カンツリー倶楽部(栃木県)で開幕する。当地で初めて日本オープンが行われたのは2003年。それはまだ、ナショナルオープンが日本一のゴルファーを決める大会として燦然(さんぜん)と輝いていた時代。1983年から1994年までの12大会を尾崎将司、青木功、中嶋常幸の3人だけで計10勝と独占した余韻も存分に残っていた。先日、03年大会を制した深堀圭一郎と2位で終えた今野康晴に、当時の話を聞く機会があった。
「日本オープンは、ほかの試合とは全然違います」と今野は言う。「開催コースはすごく気合いを入れて何年も前から整備して、場合によっては改修してティやバンカーを増やしたり、プレーラインを変えたりする。普通に練習しているだけでは、そこまで仕上げられたコースでアンダーを出すのは難しいので、2試合くらい前からウェッジやドライバー、ティショット用のロングアイアンなど、日本オープンに向けて練習しました」と振り返る。
03年、最終日を3打差の単独首位で出た今野は、前半に3つ伸ばして「このまま優勝できるんじゃないか?」と思ってプレーしていたという。だが、最終組の5組前でスタートし、7アンダー「64」という爆発的なスコアでナショナルオープンの栄冠をさらったのが、深堀だった。

深堀が勝因に挙げたのは「いつも以上の準備」である。事前の入念な練習ラウンドはもちろんのこと、ウェッジを新品に変え、スパイクの鋲(びょう)は身体の過剰な動きを抑える一助になればと6ミリから8ミリに伸長した。この試合で初めて外国人キャディを起用し、どうしても気になっていたというクラブのグリップは初日の朝に交換した。スタートホールのティショットは、グリップがきちんと乾いているかを心配しながら打ったという。それだけの準備をさせたものこそ、ナショナルオープンに懸ける強い思いだった。
「学生時代から何度もアルバイトで日本オープンに行き、1988年の東京ゴルフ倶楽部では、ジャンボさんが、手が動かなくてウィニングパットを打てなくなる場面も目撃しました。偉大な先輩たちが『日本オープンのタイトルを獲るのが日本一の選手なんだ』と挑んでいくのをずっと見てきて、私もプロになって、日本オープンに出られるようになって、ここで勝つんだという思いが一番強い大会でした」と力を込める。
勝つか、負けるかは紙一重。2003年、今野の16番のバーディパットはカップに一度入ったものが弾かれたし、深堀の17番のティショットは危うくハザードに入りかけたが、木に当たって良いライに止まり、バーディにつながった。そこに至るまでのプロセスは、どの選手も等しく死力を尽くしている。
それでも、結果的にナショナルオープン覇者となった選手だけが、感じられることがある。まもなく100周年を迎えるナショナルオープンが脈々と積み重ねてきた歴史と、それを取り巻く人々の思い。世界に出ればなおさら、海外選手たちが自国のナショナルオープンを大切にしていることを実感する。深堀は知っている。「獲らなくちゃいけないタイトルを獲ってこそ、次に見えてくるものがある。それに、選手として終盤に向かっていく時、キャリアの中での大きな喜びとなってきます」
今野はその後、09年にはプレーオフで惜敗し、ナショナルオープンのタイトルにはまだ手が届いていない。現在はシニアツアーを主戦場としており、9月18日(木)に開幕する日本シニアオープン(神奈川県・相模原GC東C)で、そのタイトルに挑戦する。

世の中を見回せば、結果だけを重視しているような現代である。AIに聞けば、考えるまでもなく答えだけを教えてくれる。誰が勝ったか、負けたか。いくら稼いだか、という表層だけにとらわれていたら、見落としてしまうものがある。その大会に捧げてきた人々の情念の集大成。それが、ナショナルオープン特有の空気感を醸し出す。それはずっとそこにあるが、目には見えず、直接肌で感じるしかない。
そんな折、ビッグニュースが飛び込んできた。オーガスタナショナルゴルフクラブとR&Aが、日本オープンを含む6つのナショナルオープン(スコティッシュオープンと香港オープンも含む)の優勝者にそれぞれが主催する2026年の海外メジャー、マスターズと全英オープンの出場権を付与すると決定したのだ。優勝したらマスターズという事実は強烈だ。だけど、やっぱりナショナルオープンにはいつも変わらず、普遍の価値が備わっていると思うのだ。これまで日本のゴルフ界を支えてきた先人たちに感謝しながら、今年の日本オープンも楽しみたい。(今岡涼太)