これまで13回のワールドカップを現地で観戦した蹴球放浪家・後藤健生。その中で最も面白かったのは、2度のメキシコ大会だと…

 これまで13回のワールドカップを現地で観戦した蹴球放浪家・後藤健生。その中で最も面白かったのは、2度のメキシコ大会だという。そしてマラドーナ、プラティニ、ジーコら各国を代表するスター選手たちの活躍とともに忘れられないのは、メキシコという国そのもの。どういうことか。来年のワールドカップの開催国である不思議の国メキシコを、蹴球放浪家が語る!

■最も面白かった「2度のW杯」

 9月6日に日本代表は、メキシコと対戦します。日本がワールドカップに出場できるようになる前から、北中米地域では圧倒的な強さを誇るメキシコはワールドカップの常連でした(アメリカは20世紀までは「サッカー後進国」でした)。地元開催の2度のワールドカップでは、ともに準々決勝進出。日本もロシア大会、カタール大会と2大会連続でラウンド16に進出しましたが、メキシコもラウンド16の常連です。そして、その壁をなかなか突破できません。

 つまり、メキシコは日本のほんの1歩前にいる目標なのです。

 ワールドカップでは過去22大会で、すべてヨーロッパ(12回)か南米(10回)の国が優勝していますが、両大陸以外の国で優勝するとしたら、現在のところアメリカ、モロッコ、日本と並んでメキシコも有力な候補です。いや、「並んで」ではなく、メキシコは一番の候補かもしれません。

 僕は、前回大会まで13回のワールドカップを現地観戦していますが、いろいろな意味で強く記憶に残っているのはメキシコ大会です。

 まず、試合が面白かったこと。ディエゴ・マラドーナのアルゼンチン、ミシェル・プラティニのフランス、ジーコのブラジルとスーパーなチームのハイレベルな優勝争いは面白かったですし、その他の国にもエミリオ・ブトラゲーニョ(スペイン)、ウーゴ・サンチェス(メキシコ)、ミカエル・ラウドルップ(デンマーク)、ガリー・リネカー(イングランド)といった、各国のサッカー史の中で特筆すべきスター選手が並んでいました。

 過去22回のワールドカップの中で最も面白かったのは1970年と86年の、ともにメキシコで開催された大会だったでしょう。

■どの国とも違う「強烈すぎる国」

 試合だけでなく、メキシコという国はなんとも強烈でした。僕の記憶の中で、メキシコは「不思議の国」なのです。

 僕はこれまで89の国(日本を含めて)を経験しています。ですから、どこの国に行っても、たいてい「ああ、ここはあの国に似てるな」とか思います。

 しかし、メキシコでは、それが通用しない、つまり他のどの国とも違うように思えたのです。

 たとえば、ヨーロッパの都市には中心に広場があって市庁舎や大聖堂(カテドラル)があって、そこを中心に街路が走っています。また、どこの都市にも裕福な人たちが住んでいる街があり、同時に貧しい人たちの街も存在します。歩き回っていると、だいたいの都市の構造が分かってきます。

 しかし、メキシコはその常識が通用しないように感じたのです。富裕層が住む街を歩いていると、ほんの2、3ブロックで突然貧民街に迷い込む……そんな感じです。

■料理にチョコと唐辛子が「同居」

 料理もそうです。いろいろ国に行って、さまざまな物を食べていると、どんな珍味でも、「ああ、これはあの国のなんとかという料理と同じ味だ」とか、「あれとあれの中間的な味だな」と頭の中の“料理の地図”上に分類していくことができます。

 しかし、どうもメキシコ料理は、そうした範疇を飛び出たユニークさがあるのです。

 たとえば、1986年大会で3位決定戦が行われたプエブラの名物料理にモーレ・ポブラーノというのがあります。「モーレ」はソースのことで、「ポブラーノ」は「プエブラの」という形容詞形です。

 チョコレート(カカオ)を使ったソースがローストチキンにかかっていました。チョコレート味ですから、口に入れると甘さが広がります。しかし、このソースには唐辛子が大量に入っているので、しばらくすると口の中がじわじわと辛くなってくるのです。

 この微妙な甘さと辛さの融合。世界中のどんな料理とも違う味だと断言できます。

 そういえば、カカオも唐辛子も現在のメキシコを含むメソアメリカ(中米)が原産地です。

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