<清瀬杯 第57回 全日本大学選抜準硬式野球大会:神奈川大6-2北海道大>◇3日◇決勝◇仙台市民球場 大学準硬式における…

<清瀬杯 第57回 全日本大学選抜準硬式野球大会:神奈川大6-2北海道大>◇3日◇決勝◇仙台市民球場

 大学準硬式における4大大会の1つとされる清瀬杯 第57回 全日本大学選抜準硬式野球大会(以下、清瀬杯)。決勝戦は2019年以来となる優勝を目指した神奈川大が、北海道大に6対2で勝利する形で幕を下ろした。

 「野球人生で初めて全国制覇をすることが出来ました」と主将である田邊 隼人捕手(開志学園出身)が試合後に改めて喜びをかみしめていた。

 決勝戦では「前日の夜に話し合って決まっていた」とスタメンマスクを被る。普段から仲が良いという先発投手・髙木 悠成投手(静清出身)をリード。投手との相性の兼ね合いで、6回にベンチに退いたが、決勝戦という大舞台でしっかりと活躍したと言っていいだろう。

 この活躍に至るまで、田邊はケガの影響があったという。

 高校は新潟県の開志学園で3年間プレー。キャッチャーとしてプレーしていたが、当時の新潟県内は日本文理・田中 晴也投手(現千葉ロッテ)、帝京長岡・茨木 秀俊投手(現阪神)がしのぎを削っていた時期。

 対戦することはなかったそうだが、最後の夏の直前に膝の皿を割ってしまうアクシデント。「野球人生で初めてのケガで、走ることも厳しかった」と予期せぬ出来事で満足な状態で最後の夏を戦えず。新潟大会ベスト8で高校野球を終えた。

 だからこそ「不完全燃焼だった」ことで、大学野球をやることを決意。大学選びをしていく中で神奈川大学が選択肢の1つに入り、そこで準硬式野球のことを知ることになる。

 「最終的に大学を決めるにあたり、神奈川大の準硬式に進んでいた先輩がいたので、話を聞きました。そのとき文武両道やアルバイトなど、野球以外のことが出来ることが良いと思いました。また硬式野球は選手として4年間やり切ることが大変だということで、ケガをしたこともあったので、選手として4年間プレー出来そうな準硬式を選ぶことにしました」

 開志学園自体も、午後から練習をできる環境だったこともあり、「本当に野球漬けの日々でした」と苦笑いを浮かべる田邊。そうしたこともあって、大学準硬式の選手主体の雰囲気は田邊にとってはベストな選択だったのだ。

優勝した神奈川大ナイン

またそれは、開志学園の練習スタイルと、準硬式の特徴がマッチしていた観点から見ても、ベストだったそうだ。

 「自分たちはフリーバッティングをするスペースがないので、グラウンドを借りないといけない。時間も高校に比べたら少ないので、自主練習で補っています。その点では開志学園も自主練習を多く取り入れるチームで、やるかやらないか自分次第。練習は裏切らないではないですが、下手なら練習しろ、という感じでした。なので、現在の自主練習の使い方は高校時代の経験が生きていると思います」

 田邊の場合、課題だったバッティングを改善するために、ティー打撃を行うなどして、自主練習を過ごしてきた。今日の試合、第1打席にショートへの内野安打を放ったのは、その成果と言っていいだろう。

 4年生まで継続するという田邊。選手として引退まではもう少し先だが、今回の優勝を通じて「やろうと決めたことを最後までやり抜ける。選手個々の意志を貫けるのが良い」と準硬式の魅力を再認識していた。

 来年はもう1つの全国大会、全日本大学準硬式野球選手権での優勝へ。最後の1年も練習を重ね続けて、さらに実力を身につける。