<清瀬杯 第57回 全日本大学選抜準硬式野球大会:名古屋商科大4-6神奈川大>◇2日◇準決勝◇仙台市民球場 大学準硬式に…

<清瀬杯 第57回 全日本大学選抜準硬式野球大会:名古屋商科大4-6神奈川大>◇2日◇準決勝◇仙台市民球場

 大学準硬式における4大大会の1つとされる清瀬杯 第57回 全日本大学選抜準硬式野球大会(以下、清瀬杯)。第22回大会以来となる優勝を目指した名古屋商科大は、準決勝・神奈川大戦で4対6と惜敗。決勝進出とはならなかった。

「自分が打てばチームは勢いに乗る」

 そう思って打席に入った主将・白井奎伍内野手(桜丘出身)だったが、無情にもショートへの併殺打。後続に繋ぐことは出来ず、試合にも敗れた。

 整列中、「監督やコーチ、そして両親にはすごく力をもらったので優勝したかった」と支えてくれた方への感謝の思いがこみ上げたという白井。と同時に「中学の時に日本一になったけど、そこで悔しい思いをしたので、準硬式では納得した形で日本一を取りたいと思った」と語った。

 というのも、愛知豊橋ボーイズに所属しており、3年生春に全国大会で優勝。日本一を経験したが、自身は調子が悪くて「後半に守備要員での出場だった」と納得いく形ではなかった。ゆえに今回の全国大会は「主力として優勝する」という気持ちがあったそうだ。

 中学時代に日本一を経験する華々しい実績を持つ白井だが、準硬式にたどり着いたのは、両親の存在が大きかったという。

「父が桜丘のOBで甲子園出場を果たせなかった」ということで、息子である自分が叶えようと思い、桜丘で高校野球をしたが、最後の夏は4回戦で敗退。自分、そして父の夢である甲子園には手が届かず。その後は野球から距離を置くつもりだったが、「恩師や両親に背中を押してもらった」ことで準硬式の道を選ぶ。

「中学時代の同期である彦坂藍斗(現帝京大)や立花祥希(現国学院大)など、野球を仕事にしていくような仲間を知っていたので、自分は大学で硬式をやったり、社会人やプロでやったりするレベルではないことを高校3年生の春、進路決める時に自覚しました。

だから辞めるつもりでしたが、恩師や両親から『準硬式をやればいいじゃないか』ということを言ってもらえて。それで決心がつきました」

 恩返しをするためにも、両親と「やるなら一流選手になれよ」と誓いあっただけではなく、「名古屋商科大は低迷していたので、『名商大復活』をテーマにした」と強い覚悟で入学した。だが、学生主体で活動する分、簡単にいかないことも多かった。

 「目標のために、準硬式に全てを注いできたと言えるくらい自分は誰よりも練習をして努力しましたし、仲間にも本当は嫌なことも言ってきました。本当はそういうことを言うような人ではないですが、下級生から試合に出ていたからこそ生まれた責任感。そして大会で悔しい思いをしてきた。そのおかげで『自分がやらないといけない』というキャプテンシーがあったから、指摘出来たと思います」

 特に主将に就任してからは、練習メニューを決めるなど、「全部背負うことになった」と重責を一身に担うことにもなった。重圧は想像を絶するが、その一方で「精神的には成長が出来た」と笑みをこぼしながら語った。

 大学準硬式の4年間で、全国大会はもちろん、選抜チームや個人タイトルの獲得など、充実の日々を送ったという白井。「良い選択を出来たと思います」と語ると、続けてこんな話をした。

 「野球で生きていくことは普通に考えると厳しいと思います。ですが準硬式はドリームと言いますか、高校時代に活躍出来なかった選手たちも、思いもよらない成長をしたり、大学準硬式で活躍したり。そういうことが頻繁にあるので、夢がつかめる。自身の可能性が広げる4年間を送ることが出来る。そこが良い点だと思いました」

 中学時代にやり残した日本一には届かなかった。しかし、両親と約束した一流選手になること。そして名商大復活は実現しただろう。卒業後も軟式野球で続けるそうだが、是非準硬式で培った経験を生かして活躍してほしい。