名コーチ・伊勢孝夫の「ベンチ越しの野球学」連載●第14回 4勝すれば優勝という短い戦いのなかで、これまで数多くの名シ…
名コーチ・伊勢孝夫の「ベンチ越しの野球学」連載●第14回
4勝すれば優勝という短い戦いのなかで、これまで数多くの名シーンが生まれ、名勝負が繰り広げられてきた。ヤクルト、近鉄のコーチとして4度の日本シリーズを経験した伊勢孝夫氏も、そんなしびれるシーンを何度もベンチから見てきたひとりだ。今も語り継がれる名シーンの裏側を語った。
(野村ID野球と仰木監督の秘話・第13回はこちら)

95年、日本シリーズでヤクルトに敗れ、肩を落とすイチロー
日本シリーズは引き分けを除けば最大で7試合だが、これが実に長く感じる。その理由はいくつもある。まず、同じ相手と対戦し続けるという点だ。シーズン中なら、3試合で相手が変わる。それによって気持ちの切り替えができるし、移動して場所も変わればリフレッシュすることができる。実際、それがプレーに反映することも多い。
ところが日本シリーズは移動日を挟んでも、再び同じ相手と戦わなくてはならない。要するに、本当の意味でリフレッシュするときがないのだ。また、2試合、3試合、2試合というレギュレーションも体力的にきつく、疲労がたまりやすい。シーズン中には感じることのない、何ともいえない重苦しさがある。
ただ、何より長く感じさせるのは、1試合の疲労度の違いだろう。日本シリーズはひとつのプレーで大きく流れが変わる。だから、ミスは絶対に許されない。シーズン中ならミスをしても、次の試合、もしくは次のカードで帳消しにできるのだが、日本シリーズはそのミスが敗退につながる。それだけに選手もベンチもギリギリのところでやっているから、1試合の重み、ワンプレーの重みがまったく違うのだ。
だからこそ、いい流れをつかめば一気にムードは変わり、劣勢だったはずが優勢になっているときがある。私もプロ野球の世界に50年関わってきた身だが、日本シリーズのあの流れというものの正体はいまだにわからない。
まさに、ひとつのプレーで大きく局面が変わったのが、私がヤクルトのコーチ時代に戦った1993年の西武との日本シリーズだ。
第1戦、2戦とヤクルトが勝利したものの、第3戦で西武・伊東勤の好リードによって打線が沈黙し2対7で敗戦。第4戦も1点を先制したが追加点を奪えず、ベンチには嫌な空気が漂っていた。ヤクルトがリードしていたものの、試合の流れは西武にあった。そんな終盤、8回にあるプレーが起きた。
西武が二死一、二塁の場面で、鈴木健が川崎憲次郎からセンター前にヒットを放った。私らベンチでは「やられた、同点か」と思ったが、そのときセンターの飯田哲也がとんでもなく浅い位置で守っていたのだ。そして捕球するや素早い送球でバックホームし、二塁走者を刺した。見事なドンピシャのストライク送球。少しでも逸(そ)れていたら、確実に同点になっていただろう。
ただあの場面、コーチが守備位置の指示を出したわけではなく、飯田自身の判断で前に守っていたのだ。普通に考えれば、二死一、二塁でマークすべきは逆転のランナーとなる一塁走者。1点リードの状況で、しかも打者は長打力のある鈴木健だ。セオリーでいけば定位置かそれよりやや後ろ。ところが飯田はセオリーを無視して、勘を頼りに前進守備をとった。まさにあれは、データを超えたビッグプレーだった。
その試合、ヤクルトは1対0で勝利。もしあのプレーがなければ逆転されていただろうし、その後のシリーズの行方も違ったものになっていただろう。
また、1995年のオリックスとの日本シリーズも印象に残っている。あのシリーズはまさに”心理戦”だった。オリックスの顔であるイチローをいかにして抑えるか。その1点に尽きた。
シリーズ前にデータを分析したところ、「真ん中高め、ややアウトコース」がイチローの手が出やすく、かつヒットになりにくいコースだというのがわかった。しかし、高めのボールというのはコントロールミスすれば痛打を食らう危険なコースである。それに、イチローほどの打者がシーズン中のデータ通りに手を出してくれるのかどうか。
すると野村克也監督がこんなことを言い始めた。「よし、テレビを使って煽っとくか」と。それからは取材されるたびに「イチローは高めに弱い。そこを突く」と公言し始めたのだ。まさか本当のことをテレビで言うとは思ってもみなかった。しかし野村監督は「人間、本当のことを言われるほど、意識するものだ」と言い放った。
案の定、それが見事にはまった。第1戦、ヤクルトの先発はテリー・ブロス。2メートルを超す大男で、しかも150キロ近い真っすぐを持っていたから、高めの球に力強さがあった。だから、追い込んだら高め。その一辺倒で攻めた。3打席凡退のあと、4打席目にヒットを許したが、この日の対戦でタイミングを狂わせ、その後の試合でも完璧に封じ込むことができた。
ただ、それでも第5戦の第1打席で、その高めのボールをライトスタンドに持っていかれた(笑)。「このままでは終わらん」というイチローの凄さと意地を見せられた一発だった。
その日本シリーズでもうひとつ思い出すのが、第1戦のオリックスの先発だ。当時、予告先発はなく、我々は野田浩司か佐藤義則のどちらかでくると予想していた。だが、決定的な情報がない。すると前日だったか、「佐藤が先発する際、必ず診てもらうマッサージ師がいて、そこに3日前に行った」という情報をつかんだ。シーズン中の佐藤の行動パターンから逆算すると、ちょうど初戦になる。そこで佐藤が初戦に投げると確信した我々は、しっかり準備し、対策を練ることができた。
日本シリーズというのは、試合をする前から戦いが始まっているのだ。何気ないちょっとした情報でも、それが大きな武器となることがある。交流戦やCSが始まり、日本シリーズの重みも以前とは違ったものになってきてしまった感は否めない。しかし、日本のプロ野球にとって最高峰の戦いであるのは間違いないし、シーズンでは味わえない緊張感の中でプレーできる。日本シリーズで戦っているソフトバンク、DeNAの選手たちはその喜びを噛みしめながらプレーしてほしいと願う。
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