神野プロジェクト Road to 2020(7)(前回の記事はこちら>) 富津合宿2日目、深夜から土砂降りの雨が続き、朝になっても強い雨足が止まらない。しかも、ちょっと蒸すようなコンディションだ。「筋肉痛で史上最悪のコンディション。しか…

神野プロジェクト Road to 2020(7)

(前回の記事はこちら>)

 富津合宿2日目、深夜から土砂降りの雨が続き、朝になっても強い雨足が止まらない。しかも、ちょっと蒸すようなコンディションだ。

「筋肉痛で史上最悪のコンディション。しかも土砂降りでテンションが上がらない」

 神野大地はそうつぶやき、ワゴン車に乗り込み、郡(こおり)ダム付近に移動した。

 今日は42.195kmを走る。郡ダム周辺は1周5.6kmで、コニカミノルタの磯松大輔監督曰く「きつい登りが2カ所あり、起伏に富んでいる」コースだ。



富津合宿で走りこんだ神野大地

 到着して30分ほどアップをする。雨は止んだが、湿度が高い。田んぼの用水路の水があふれんばかりの勢いで流れている。タイムは1km3分30秒程度、ハムストリングス、腰、臀部に筋肉痛があるなか、前傾姿勢を保ち、どのくらい走れるのか。

 10時40分、神野がスタートした。

 1周、2周、3周ぐらいまでは余裕があったが、4周目から後半はレイヤートレーニングでの筋肉痛の影響もあるのだろう、動きがちょっとぎこちない。疲労で動かない筋肉を必死に使って走っている感じだ。表情も70kmを走った時よりも苦しそうだ。それでも40kmを通過し、神野は残り2.195kmを走り切って戻ってきた。

「キツかったぁー。ハムストリングスが筋肉痛で疲労して痛いので、坂を上り始めたら固まって動かなくなるんですよ。でも、もがいてなんとか登り切ることができました。トータルでは平均3分28秒でいけたので、まぁよかったと思います。

 これで42.195kmは3回目です。最初走った時は足が動かなくなるかもしれないという不安があったんですが、レイヤーを前日にしていなかったのでいい状態で走れました。2回目はレイヤーをやった後、平坦なコースを走り、今回、レイヤーをやった後に坂のあるきついコースを走りました。徐々に状況が厳しくなる中で42.195kmを走り切っているので、確実にレベルアップしているのを実感しています」

 神野は、70km走の時も42.195km走もそうだが、前日にレイヤートレーニングをして自分を追い込み、疲労の蓄積がある悪条件の中で走っている。筋肉痛で坂を登るのさえしんどい状況で走ることに意味があるという考えだ。自ら「センス型」ではないというだけに、苛酷な状態での豊富な練習量が神野のランナーとしての生命線になっているのだ。

「センス型の選手って練習が60%、でもレースは120%でいける感じになるんですけど、僕はいい練習ができて、これだけやったんだという自信を持ってスタートラインに立てた時、いい結果が生まれているんです。もちろん練習イコール試合じゃないというのがマラソンにはあるので、そういう怖さはありますが、練習で追い込んでいけば、試合の時にラクになるじゃないですか。調整して、いい状態でスタートラインに立つのは試合の時だけでいいかなと思っています」

 本番で結果を出すには、試合に合わせた調整方法、ピーキングが重要になる。大事な大会にピークを合わせるのが非常に難しいわけだが、神野はそういう部分にこだわりはあるのだろうか。

「僕はピーキングとか試合前も特に意識していないです。試合前になると練習量を落としていくじゃないですか。僕は毎日、疲労を残さないようにめちゃくちゃ体をケアしているので練習量が落ちてくると、(疲労が抜けて)自然と調子が上がっていくというイメージなんです。練習をして試合前に調整しても結果が出ないのは、練習を頑張った時にケアをしていなくて、その疲労が蓄積された状態でレースに出ているからなんですよ」

 ピーキングに気を使うのでなく、いかに普段から疲労を蓄積しないか。長距離の練習はハードで知らない間に疲労がたまっていくことが多い。そこを日々取り除いていくという神野の考えはピーキングをあれこれ考えるよりも大事なことのように思える。

 今年は短距離界が大いに盛り上った。

 5月のゴールデングランプリ100mで多田修平が頭角を現し、ロンドン世界陸上では4x100mリレーで銅メダルを獲得した。また、9月の日本インカレでは桐生祥秀が9秒98の日本新記録と初の9秒台を出して日本中を沸かせた。短距離が「花形」といわれる陸上界にあって、長距離界に身を置く神野は現状をどう考えているのだろうか。

「短距離の人気はすごいですよね。特に100mは盛り上がっていて、どこのスタジアムも満員になるじゃないですか。まだ、9秒台を出せる選手がたくさんいますし、みんなが9秒台になれば東京五輪で金メダルも夢じゃないと思います。マラソンは、注目度が最近は下がりつつありますが、福岡(国際マラソン)で(日本選手の)国内記録(2時間6分51秒)を超えたら盛り上がると思うんですよ。その記録は藤田(敦史)さんが福岡で出しているんです。だから、新記録を達成するのは不可能じゃない。僕は、その記録を超えて国内記録1番を狙っていきたい。勝った時は『いま短距離界が注目されていますが、長距離界もやってやろうと思っていました』って、ヒーローインタビューで話すイメージでいます」

 その福岡で勝つためには、10月にいかに追い込めるか──。

「10月は、エグいっすよ」

 神野はスケジュール表を見て、そう言った。

「練習、攻めるよ」と磯松監督には言われたという。そのメニューは、今回の42.195kmを含めて5週連続でフルマラソンを走るものだ。もちろん、その合間にレイヤートレーニングなど中野ジェームズ修一とのセッションも入る。

「10月が試練ですね。でも、10月の練習をするために夏に走り込んできたので自信はあります。11月は40km走が1回入るだけなんで、この10月をやり切ったら相当すごい。12月は間違いなくイケると思います」

 たぶん、神野は乗り切っていくだろう。

 中野の言葉にあるように(前回の記事参照)、神野は常に中野の予想以上の速度で成長し、故障もなくここまでやってきた。怖いくらい順調だが、神野に過信も慢心もない。いつも通り、ケアに時間をかけ、自分の体と向き合っている。

 そう言えば、9月13日に神野は24歳の誕生日を迎えた。

 毎年、この時期、青学時代は広島や妙高高原での合宿中であり、昨年はコニカミノルタの妙高高原合宿だった。アメリカで迎える誕生日は初めてだったが、時差があり、2日間にわたり、友人からお祝いのLINEやメールが届いたという。

「24歳になっても特に変わったことはないですね。もう歳だなぁーっていうくらい(笑)。たまにマラソン勝てないと何が残るのかなぁって考えたりもしますけど、ここまでは計画通りに来ているので、とりあえず福岡で結果を出したいですね」

 10月、果たして攻めの練習でどこまで追い込めただろうか。

 神野にとっては、福岡国際マラソン制覇に向けて極めて重要な1カ月となった。

(つづく)