(15日、第107回全国高校野球選手権大会2回戦 明豊6―1佐賀北) 佐賀北は五回に3点を先制され、その裏2死一、三塁…

 (15日、第107回全国高校野球選手権大会2回戦 明豊6―1佐賀北)

 佐賀北は五回に3点を先制され、その裏2死一、三塁で、4番の宮崎淳多主将(3年)に打席が回ってきた。三回1死満塁の好機では二ゴロ併殺打に倒れていた。

 1ボール1ストライクからの3球目。低めの変化球に手が出てしまう。ボール球を空振りした。「低めを振らないよう、ノーステップで待つ」と開き直った。4球目も同じような変化球だったが、どっしり構えた分、対応できた。右前へ運んだ甲子園初安打が、貴重な適時打になった。

 最後の攻撃となった九回は、野田錬平選手(3年)に続く連打で好機を広げた。得点は挙げられなかったが、「何点差でも『後悔ないようにやろう』と言っていた。自分もつなぐ気持ちでいけた」と振り返った。

 小学6年生の時、前回甲子園に出場した佐賀北をみて憧れた。入学すると、16人の同級生は全員が全国制覇した2007年生まれと縁が重なった。

 部員の中で唐津市から通ったのは1人だけ。午前5時ごろに起き、6時過ぎの唐津駅発の列車に乗り、学校に7時半ごろに着いて自主練習をこなす。そんな毎日だった。

 宮崎主将のリーダーシップを高く評価してきた本村祥次監督(31)は「主将で、甲子園1勝ができた。尊敬する」とねぎらった。

 18年前の初優勝を最後に、全国的に私立校の優位が続く。そのことを問われると、宮崎主将は「公立とか私立とか関係ない。全員ががむしゃらにやれば夢はかなうことを証明できた」ときっぱりと話した。

 「甲子園で校歌を歌う」という当初の目標は達成した。「つらいことも楽しいことも16人で戦ってきたからこその3年間。仲間たちと甲子園に来られたのは人生の宝物」。悔しさを押し隠す表情に、充実感が漂った。(森田博志)