早田は準々決勝で陳幸同に敗れ、4強進出を逃した(C)Getty Images 卓球シングルスの世界一を決める大会「WTT…

早田は準々決勝で陳幸同に敗れ、4強進出を逃した(C)Getty Images

 卓球シングルスの世界一を決める大会「WTTチャンピオンズ横浜」。その女子シングルス2回戦での早田ひなvs張本美和が物議を醸している。

 パリ五輪2024の女子シングルスで銅メダルに輝いた早田は、左手首を負傷して以来、世界ランキングを13位と落としているものの、より攻撃的なプレースタイルにモデルチェンジをしながら打倒中国の高みを目指している。

【動画】女子シングルス16強の激闘!早田ひなが張本美和を下して雄たけびをあげたシーン

 一方の張本は、まだ17歳の高校2年生ながら、世界ランキング6位と急成長中で、現在中国がもっとも警戒している選手。対外的にはすでに早田を凌駕しているようにも見えるが、早田には2年連続で全日本選手権の決勝で敗れている。

 早田は絶対に負けるわけにはいかない試合、張本は何としても勝ちたい試合、そういう大一番だった。

 試合は完全に互角で、交互にゲームを取り合って最終ゲームにもつれ込んだ。

 そして序盤、張本が4-2とリードしたところでそれは起こった。早田が左手首に違和感を覚えたとしてMTO(メディカル・タイムアウト)を要請し、治療のために試合が5分間ほど中断されたのだ。この中断の後、早田は4-4と盛り返し、最終的に11-7で勝利した。

 試合後のインタビューで張本は涙を流しながら、このMTOに関する疑問を口にした。早田の手当をしたのが、運営側のドクターではなく早田のフィジカルトレーナーの岡雄介氏だったからだ。岡氏は卓球経験はないものの、最近では早田のベンチコーチも任されており、実際にこの大会の1回戦では早田のベンチに入っている。つまり、コーチが手当てをしたことになるわけである。

 張本にしてみれば、その際になんらかの戦術的なアドバイスをしたのではないかと思っても仕方がないし(したとは思えないが)、アドバイスをしなくても、信頼を寄せる人と接触することの心強さもあるだろう。一方の張本はひとりベンチで試合の再開を待つのみだった。これが不公平だったというのが張本の疑問である。

 これを受けて、SNSを中心に、岡氏に手当てをさせた大会運営側を批判する声が聞かれた。

 しかし、これはある慣習が招いた想定外の不公平だったのである。本来であれば、早田が治療中、張本はウォーミングアップをしながら万全の態勢で自分のベンチコーチからアドバイスを受けられるのだから、有利になることこそあれ、不利になることはなかった。

 ところが今回、張本のベンチにはコーチがいなかった。ルールではないが、卓球界には「同士討ち」では、どちらの選手もベンチコーチを入れないという慣習があるため、それに従っていたからだ(もちろん早田のベンチコーチもいなかった)。これが結果的に外形上の不公平を生んだのである。

 なぜ運営側のドクターがいたのに、早田のコーチに手当てをさせたのかと大会運営側を批難する声も聞かれるが、これもお門違いである。MTOの際に手当てを担当する人についてルール上の規定はない。規定がない項目については審判長の裁量に任される。MTOの目的は、最良の治療をして選手の健康を守り、試合を継続させることにあるのだから、普段からその選手を診ている人がその場におり、選手本人もそれを望むなら、その人に任せることが最良であると当然の合理的判断をしたまでである。

 同士討ちのときにベンチコーチを入れないなどというのは、ルールではなく選手やチームが勝手にやっていることなのだから、審判長がそこまで考慮して不公平感をなくすべく岡氏の手当てを認めるべきではなかったなどと言えるはずもない。

 要するに今回の騒動は、誰にも不正もミスもなく、ただ卓球界の慣習が招いた想定外の不公平だったということである。実際、もしも張本のベンチにコーチがいてじっくりとアドバイスを受けていたなら、張本は不満も疑問も口にすることはなかっただろう。この機会に、この特に必然的とも思えない慣習をこそ見直すべきである。

 なお、早田がMTOをとったタイミングが都合が良すぎたという声も聞かれるが、ルール上許された権利を行使することに問題はないし、当の張本自身が「メディカルタイムアウトを取ることに関しては私にも権利があるので、相手にも権利があると思いますし、全く意見はないです」と語っているのだから、この点をあげつらうことは早田はもちろん、あたかも張本までが早田の不正を疑っているかのような印象につながるので、厳に慎むべきである。証明も反証もできないことをあれこれ論じることに意味はないし、誰にとっても何の益にもならない。繰り返すが、張本はそんな主張はしていないのだ。

 MTO後に流れが変わったと言っても、4-4の後、6-6、7-7と推移したのだから激変したわけでもない。そして何より、早田のプレーは試合全体を通して、攻撃の鋭さ、鉄壁のカウンターブロックともに怪我をしているとは思えないほど(皮肉なことに)素晴らしく、明らかに張本を上回っていた。ゲームカウントが2-2となった時点での両者の総得点が早田42-張本36だったことにもそれが現れている。早田はまさに勝者に相応しいプレーをしていた。

 早田は準々決勝で世界ランキング3位の陳幸同(中国)に2-0とゲームを先取したが、惜しくもそこから逆転されて2-4で敗れた。これも世界第一級の素晴らしい試合だった。

[文:伊藤条太(卓球コラムニスト)]

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