肺炎のため81歳で死去した釜本邦茂さん(C)Getty Images 公益財団法人日本サッカー協会(JFA)は8月10日…

肺炎のため81歳で死去した釜本邦茂さん(C)Getty Images

 公益財団法人日本サッカー協会(JFA)は8月10日、元日本代表FWの釜本邦茂さんが、同日午前4時4分に大阪市内の病院で、肺炎のために死去したことを発表した。かねてから病気療養中だったという。81歳だった。

【写真】JFAがインスタグラムに投稿した現役時代の釜本邦茂さん

 JFAは公式ホームページで、「元日本代表(1964~1977年)としてプレーされ、メキシコオリンピックでは7得点を挙げ、得点王に輝きました。2005年、日本サッカー殿堂に掲額」と功績を紹介。「ここに謹んで哀悼の意を表し、お知らせいたします」と報告した。

 釜本さんは現役時代、正確かつ強烈なシュート力を武器としたFWとして、早大や日本リーグのヤンマーで大活躍。日本代表では76試合出場で、男子サッカー歴代最多の75得点を記録している。その中でも、1968年のメキシコ五輪では大会得点王に輝き、日本を銅メダルに導いた。

 1978年には現役のままヤンマーの監督に就任。84年の現役引退まで選手兼監督として活躍した。その後は、1998年からJFA副会長に就任。2002年のワールドカップ日韓大会では、組織委員会理事や強化推進本部長として、代表チームを支えた。

 日本サッカー界のレジェンドの訃報を受け、JFA宮本恒靖会長が追悼の談話を発表した。

 宮本会長は冒頭、「釜本邦茂さんの訃報に接し、お悔やみを申し上げます。1968年メキシコオリンピックでのゴールや日本代表で歴代最多の75得点が示す通り、釜本さんは不世出のストライカーでした。同時に私のキャリアにおいて多くの影響を与えてくださった方でもあります」とコメントした。

 自身の現役時代に触れ、「私がガンバ大阪ユース一期生としてプレーし始めた頃、その母体となった釜本FC出身の選手たちが持つ『ボールを止める・蹴る』技術の高さに驚かされました。釜本さんは指導の際にサッカーのベースとなる基本技術を大切にしていらしたと聞きました。その後プロになってからも釜本さんのキックの強さや正確性にまつわる逸話を耳にし、私も良い選手になろうと精力的にキック練習に励みました」と振り返った。

 また、「JFA副会長を務められていた時期はちょうど私が日本代表でキャプテンを務めた頃と重なり、ピッチの外側からチームをサポートしていただきました」と感謝。引退後の思い出も挙げ、「釜本さんが主催していた『釜本サッカー教室』に何度かゲストとして呼んでいただきました。2014年のことだったと思いますが、東京の駒沢競技場で『50年前の東京オリンピックの時にここでやった試合に出ていたんだよ』と、集まった小学生200名に話されました。生涯を通じて日本サッカーの普及、振興に努められている釜本さんのお姿に多くのことを学びました」と続けた。

 最後には、「サッカー日本代表はいま、釜本さんが点取り屋として君臨し、銅メダルを獲得されたメキシコオリンピック以来の快挙を目指し挑戦を続けています。釜本さんに良い報せをお届けできるよう邁進してまいります。釜本さんの生前のご功績に敬意を表すとともに、ご冥福を心よりお祈り申し上げます」と言葉を結んだ。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]

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