すでにファームで実戦登板も果たしている藤浪は1軍マウンドに向け、牙を研いでいる(C)産経新聞社“リスク”を承知の上で獲得…

すでにファームで実戦登板も果たしている藤浪は1軍マウンドに向け、牙を研いでいる(C)産経新聞社

“リスク”を承知の上で獲得に踏み切ったDeNA

 大逆転優勝へ向け、今夏のDeNAは補強攻勢をかけた。

 得点力不足解消を目指し、マイク・フォードを呼び戻した上に、NPBでの実績十分の元中日の主砲ダヤン・ビシエドも獲得。左右の長距離砲を揃えたチームの補強はこれだけに留まらず、今年6月にマリナーズ傘下3Aタコマからリリースされていた藤浪晋太郎も迎え入れた。

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 獲得に至った経緯は明確だ。編成トップである常務取締役チーム統括本部の萩原龍大本部長は、藤浪にフレキシブルな活躍を求めている。

「春先から外国人ピッチャーの補強にチャレンジしていたが、検討していく中で外国人に限らず活躍してもらえる選手をと考えるようになった。元々リストに入っていたので獲得に行きました。基本は長く投げていただきたいと思いますけれども、状況に応じていろんなポジションをこなして、どこでも行ってもらいたいなと期待しております」

 大阪桐蔭高校時代に甲子園で春夏連覇を達成。全国の野球ファンを沸かせ、鳴り物入りで阪神にドラフト1位で入団した藤浪は、1年目からの4年間で42勝を挙げるなど球界を代表するピッチャーに成長する道を突き進んでいた。

 しかし、プロ入り4年目に入ってから藤浪の状態は一変。抜群の球威とは裏腹にコントロールに苦心し、23年に訪れたメジャーリーグ挑戦後も制球難がつきまとっているのは、もはや誰もが承知する事実だ。

 実際、藤浪の制球難は数字が如実に物語る。4年目までは平均して3から4に収まっていた与四球率も、19年には13.15にまで悪化。直近で在籍していたタコマでも18.2イニングで、与四球数26、率にして12.50と改善はされなかった。

 それでもDeNAは“リスク”を承知の上で獲得に踏み切った。その背景には、状態改善に向けた自信も見える。

 現場を預かる大原慎司チーフ投手コーチは、「バイオメカニクスがデータを取っています。投げる球場もなるべくデータが取れるところを選択しています」と球団自慢のAIテクノロジーを活用した投球解析を急ピッチで進めている現状を告白。その上で「一軍の投手コーチの僕と小杉(陽太)。そしてファームの入来(祐作)さん、八木(快)さん、加賀(繁)を交えて、何が彼にとってベストなのかを話し合っています。各コーチがあちらこちらでいろんなことを言ってしまうと良くないと思います」と、藤浪にとっての“最適解”を明らかにした。

「なるべく彼には1つの選択肢として、提供してあげることがベストだと思いますね」

 そう語る大原コーチも、藤浪の抱える課題はしっかりと受け止めている。だからこそ、「そもそも彼もコントロールについては、いままでに色々と言われているでしょう。その部分はしっかりとヒアリングして、前に言われて取り組んでダメだったものを提示しても効力は薄い」と言い切っている。

「無駄を省く意味でも、彼がいままでにどんなことを言われ、どんなアプローチをしてきたかを聞く。彼を知るというところも大事なことになってきますね」

 大原コーチの手腕は確かだ。昨年には米球界時代にマウンド上で感情をコントロールできずに苦心していた助っ人アンソニー・ケイの心を落ち着かせ、飛躍の礎を築かせた。だからこそ、「いかにいい商品を持っていても、売る人が下手だったら売れないですから」と説く40歳は、何よりもコミュニケーションを年頭を置き、改善に向かわせる考えも口にする。

メジャーの舞台でも制球難に悩み、課題克服の道を歩み続けた。そんな藤浪にDeNA首脳陣は寄り添う覚悟がある(C)Getty Images

藤浪も模索する「再起の近道」は?

 球界屈指の豊富さを誇るデータに加えて、本人の考え方も考慮する。それらすべてをふまえた上で、大原コーチは自らの実体験も踏襲する。

「僕はコントロールで苦しむタイプではないと思っていたのですが、引退してバッティングピッチャーをやっていたときに“イップスみたい”になったことがあるんですよ」

 自らも突然の制球難に陥ったことがあった。現役生活を終え、バッティングピッチャーを務めていた時だった。

 しかし、「いまは問題ない」と課題を克服した経験を持つ大原コーチは、メンタル面がコントロールに寄与しているという“仮説”を立てる。彼があえて「イップスみたい」と表現するのは、イップスという言葉の重さを、選手たちがより深刻に考えてしまうことを避ける意味もあるのだろう。

 ゆえに大原コーチは、「彼(藤浪)はイップスではないと思いますよ。だって普通に投げていますから。この間のファームでも問題なかった」と7月26日に迎えたファームでのDeNAデビュー戦(対ロッテ)を分析。そして、こう解釈する。

「マウンドに上ったとき、ゾーンで勝負しなくてはいけないとか、そういう余分なところに気を取られているようならば、いいパフォーマンスには繋がりにくいですよね。そこは排除させてあげたい」

 藤浪本人も入団会見で「(メジャーリーグでも)『Be Simple』と言われてました」という通り、難しく考えないことこそが再起の近道というのは自覚している。投球動作に、マインド、その他多岐にわたり、簡単ではないのがピッチャーの生業。だが、「彼が『シンプルに』って言っているからには、僕らもシンプルにいきますよ。彼が迷わないようにね」と大原コーチは、結論づけた。

 誰もが一目を置くスケールの大きな右腕の新天地が、“迷宮”の出口となるように――。DeNAは心理面とテクノロジーを駆使して、もつれた糸をほどいていく作業に着手している。すべては藤浪のため、そしてチームのために。

[取材・文/萩原孝弘]

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