蹴球放浪家・後藤健生は、サッカー以外のスポーツを観戦することもある。最近の日課は、日本人のコンプレックスを吹き飛ばして…

 蹴球放浪家・後藤健生は、サッカー以外のスポーツを観戦することもある。最近の日課は、日本人のコンプレックスを吹き飛ばしてくれた「二刀流」の活躍。彼の「38号ホームラン」を見て思い出すのは、悲劇のヒーロー、ロベルト・バッジョが活躍した1994年アメリカW杯。当時の現地取材でかなえられなかった「宿願」を、来年の北中米W杯ではかなえたいという!

■アジア人の「トラウマ」を克服

 毎朝、アメリカ・メジャーリーグ(MLB)の大谷翔平の試合を見るのが、なかば日課となっています。

 サッカーの中継と違って一所懸命に見ている必要がありませんし、野球というスポーツの特性としてチラチラと要所だけを見ているだけでも試合の流れが分かるので、朝に用事をしながら眺めているのにはちょうどいいのです。

 大谷が活躍してくれれば、その日のエネルギーにもなります。

 なにしろ、19世紀のなかばにヨーロッパ生まれの近代スポーツが日本(アジア)に伝わってきて以来、日本人(アジア人)は「フィジカル能力では敵わない」という前提に立って、1世紀半にわたって世界と戦ってきたのです。

 体重別の競技では軽量級に活路を見いだし、フィジカル勝負を避けるためにテクニックを使い、戦術を駆使して世界に対抗してきました。「柔よく剛を制する」なんていう言葉も好まれました。

 しかし、大谷翔平という選手はMLBの中でフィジカル面でも優位に立てているのです。

 アジア人が長い間、抱えて続けてきたトラウマを、ついに克服してみせたわけです。そういう意味でも、大谷の活躍はわれわれの胸のつかえを取り去ってくれるように感じます。

■MLB「最古」の現役スタジアム

 さて、韓国旅行から帰ってきて大谷の試合を見ようとチャンネルを合わせたら、MLBの名門ボストン・レッドソックスとの試合をやっていました。

 オールスター戦終了後、ブリュワーズ戦、ツインズ戦で5試合連続ホームランを記録した大谷は、レッドソックスとの最初の試合でも38号ホームランを放ちました。

 舞台は、レッドソックスのホーム、フェンウェイ・パークでした。

 ボストンはアメリカ合衆国北東部ニューイングランドの一角、マサチューセッツ州の州都で、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)のある文化都市でもあります。ちなみに、アイルランド系移民も多く、この街のバスケットボール・チーム(NBA)は「セルティックス」(もちろん、チームカラーは緑!)です。

 1912年に、そのボストンの市街地のフェンウェイ地区に建設されたフェンウェイ・パークは、現在MLBで使用されているスタジアムの中では最古のスタジアム。2階席を支える柱が視野を遮るなど古いスタジアムならではの不都合もありますが、伝統的な雰囲気には大きな魅力があります。

 そして、市街地の街区の中に造られたため、フィールドが変則的な形になっていて、特に左翼側の外野が狭いので左翼側には「グリーンモンスター」と呼ばれる高さ11メートル以上もあるフェンスが設置されていることで知られています。

 1994年のアメリカ・ワールドカップのとき、僕はそのフェンウェイ・パークの1塁側スタンドのすぐ外にあるホテルに泊まっていました。

■イタリア準々決勝の「専用バス」

 ワールドカップでは、ボストンの南35キロのところにあるフォックスボロにあったフォックスボロ・スタジアム(NFLのニューイングランド・ペイトリオッツの本拠地=2002年に閉鎖)で試合が行われました。グループリーグではディエゴ・マラドーナが復帰したアルゼンチンの試合が行われ、韓国はここでボリビアと引き分けました。そして、ノックアウトステージではラウンド32のイタリア対ナイジェリア、準々決勝のイタリア対スペインが行われました。

 僕は、そのイタリアの試合を見ようとボストンに泊ることになり、FIFA指定のそのホテルに泊まったのです。

 FIFA指定の「メディアホテル」だったので、試合当日には小型バスがホテルまでやって来てフォックスボロ・スタジアムまで送迎してくれました。

 そのホテルに泊まっていたメディア関係者は僕だけ。しかも、このときは小学生だった僕の息子たちも一緒だったので、メディアバスはまるで後藤家専用バスのようになって、大変に便利でした。

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