アップダウンサーブという切り札を武器にリオデジャネイロ五輪で銀メダル、世界卓球選手権ドイツ大会でも男女混合で優勝を果たした吉村真晴。だが実は今「危機感」を抱いているという。「『物足りなさ』を感じていました」とさえ言う。そして発表された「ロシ…

アップダウンサーブという切り札を武器にリオデジャネイロ五輪で銀メダル、世界卓球選手権ドイツ大会でも男女混合で優勝を果たした吉村真晴。だが実は今「危機感」を抱いているという。「『物足りなさ』を感じていました」とさえ言う。そして発表された「ロシアリーグへの挑戦」。その真意とは。まずはリオ五輪の裏側を知らねばなるまい。

「1番目水谷、2番目丹羽。で、3番目の代表ですけど、吉村真晴でいきます」。2015年、代表メンバーを選考する合宿中、男子卓球メンバーが整列する前で倉嶋洋介監督は静かに発表した。選考段階では水谷隼と丹羽孝希は確実視されていた。3人目は誰か。吉村と松平健太と大島祐哉の3人が横一線と目されていた中での抜擢だった。


「祐哉もずっと知っている間柄だし松平さんももちろん先輩としてお世話になっていた」。旧知の間柄の二人を差し置いて自分が選出された。そのプレッシャーは吉村が想像していた以上だった。

「そこからの1年はずーっとプレッシャーと戦っていた。リラックスできたことはほとんどなかった」と振り返る。その後の苦悩ぶりはオリンピック直前の大会結果に現れている。カタールオープンでは1回戦で敗退、韓国オープンにはエントリーしたものの肩の痛みで出場できず。怪我にも悩まされた。辛うじて3位になったポーランドオープンでは肩を痛めて約1カ月間、練習できない中、痛み止めを飲んで強行出場した。

そんな極度のプレッシャー下で勝ち取ったリオ五輪の銀メダル。「自分たちが歴史を作ったと思うと誇らしかった」。帰国すると待っていたのはメディアからの取材攻勢だった。「母校も取材されて、テレビにでるようになって。ちょっと精神的なタフネスがなくなっていたのかもしれない」。吉村が選んだのが「2カ月間の休息」だった。幼稚園児の頃から休まず続けてきた卓球を「初めて」休んだ。

だが、その2カ月間、世界は吉村を放っておかなかった。吉村の唯一無二の武器であるアップダウンサーブは徹底的に研究され始めていたのだ。アップダウンサーブは世界の上位ランカーでは吉村しか使い手はいない。その切り札が「効かなくなってきたんです」と明かす。

それが如実に現れた試合がある。1月に行われた全日本選手権だ。ここで吉村は格下である神巧也を相手に6回戦敗退を喫する。技を研究されているだけではなかった。吉村の精神状態も変わっていた。攻めに攻めまくった神に対し、かたや吉村は消極的なプレーが目立つ。「気付けば挑まれる立場になっていた。自分が精神的に幼いっていうことに気付かされた」という。事実、リオ五輪直前の2016年5月には15位だった世界ランキングもズルズルと後退、2017年7月には37位と直近2年では最も落ち込んだ。

心技体を鍛え直さないといけない。それがロシアリーグの挑戦の根底にある。結婚し、子供も生まれたばかり。首には自身と妻のイニシャルである「M」のネックレスが光る。試合中も肌身離さずつけているほど家族を愛する男は幸福な環境を捨てて単身ロシアへ渡り何をつかむのか。「行ってみないとわからないことだらけ。でも、やるべきことが何かはわかっている」。

吉村が目指す「心技体」の進化とは



ロシアでは何を求めるのか。少し考えるように黙った後、呟いた。「ガツガツとした戦い、ですかね…」。吉村は外国でプレーすることの違いを「メンタル一つとっても違う」と指摘する。「外国の選手って感情をむき出しにするんです。ボールを踏んづけたり、ラケットを投げたり。決してそれがいいとは思わないけど日本人の卓球ってすごくクリーン。『戦い』って感じじゃないんです」。自身を「割りとなんでもできちゃう天真爛漫なタイプ」と称する。試合前のルーティンも「特に無いんです。強いて言うならワンオクロックを聞くくらいですかね。『キミシダイ列車』とか、よく聞きますね」。

研究されたアップダウンサーブに変わる技を探のも吉村の課題だ。すでにそのヒントは掴んでいる。カギは「ラリー力」だという。「僕の卓球はサーブで相手を崩してリターンで取る。それが難しいなら『ラリー力』で打ち合えるようになりたい」。打ち合う力も身につければさらにサーブが光る。今まで培ってきた「型」からの脱却を狙う。

だが、実はこのラリー力の養成は国内では難しい。日本ではスピードを武器にした選手が多く、台の前に張り付くプレースタイルが基本となっており、ラリー戦に発展しにくいのだ。かたや欧米の選手はパワーを活かして台から離れて真っ向から打ち合うスタイルだ。

このラリー力の進化は “体”の進化にも繋がる。大柄の欧米人相手に真っ向から打ち合うためには強靭な肉体が必要だからだ。ロシアで、待ち受けるのは世界ランキング4位のオフチャロフ(ドイツ)同10位のサムソノフ(ベラルーシ)などの“猛者”たちだ(ランキングは2017年9月時点)。得られるのは有名選手と戦う経験値だけではない。どんな戦型でどんな攻め方をするかわからない未知数な選手もたくさん埋もれている。「日本でプレーしている最大の問題点は『身内すぎる』こと。大半の手の内がわかっちゃっているんです」。有名選手ともなれば幼い頃から台を挟んで顔を合わせることも頻繁にある。それでは土壇場の「勝負勘」を育てることは難しい。

新天地では報酬体系も変わる。「一試合の成果で変わります。こんなにわかりやすい勝負の場はない。どこまでやれるかわからないけど、2020年の表彰台を見据えている以上、ロシアリーグへの挑戦は避けられない」。その先に見据えるのは最強集団「中国」だ。「玉の質が高いっていうのはもちろんですし、同じことをやっていても回転量が僕らよりも多かったりとか、反応であったりとか、一つ一つがもう本当に質が高い。さらに凡ミスが少ない」。そう語る吉村の横顔にテレビ番組で見かけるようなチャーミングな面影はない。

「まあでもメダルを獲って、君が代を聞いて、みんなで美味しいお酒を飲めればそれが最高っすよね」。少し熱っぽく、でも懐かしそうに語る。おそらく表彰台に立ったことのあるものにしかわからない思いがあるのだろう。

2020年まで残り3年、吉村は今回のロシア挑戦をきっかけにさらなる強さを手にするのか。本人が一番ワクワクしていることだろう。

写真:伊藤圭
取材・文:武田鼎(ラリーズ編集部)