徳島大会は31人の審判委員に支えられて運営されている。今年は3人の審判委員が大会で初めてジャッジした。大学院教授、家族…

 徳島大会は31人の審判委員に支えられて運営されている。今年は3人の審判委員が大会で初めてジャッジした。大学院教授、家族で民宿経営、理学療法士と仕事も様々だ。

 村井啓一郎さん(53)は、徳島大大学院社会産業理工学研究部の教授だ。滋賀県の膳所高から阪大に進学、2001年に徳島大工学部助手に採用されたのを機に徳島に移り住んだ。3人の子どもが野球をし、長男と三男は中学生の硬式野球リトルシニアでもプレーした。

 「子どもたちが世話になった野球に何かの形で恩返しをしたい」と考え、昨年、県高野連審判講習会を受けた。同時にリトルシニアでも審判を担当するようになった。

 20日にあった城北―徳島市立戦で球審を担当した。「もっと緊張するかと思ったが、落ち着いてジャッジすることができた」と話し、「選手たちの『野球が好き』という思いが伝わり、やりがいがあります」。

 牟岐町で民宿「しらきや」を家族で営む白木雄祐さん(40)は、野球をしていたのは中学までで、高校では陸上で中長距離の選手だった。子どもの少年野球の審判をしたことがきっかけで知人から審判をしないか、と声がかかった。

 16日の富岡西―城南戦で三塁の塁審でデビュー。「講習で学んだフォーメーション、立ち位置を確認しながら担当した。緊張感がある一方で、とても楽しかった」

 高校まで球児だったという理学療法士の笠井俊男さん(49)は、この春、故郷の徳島に戻った。職場は美馬市の病院で、患者のリハビリや療養計画の作成に携わっている。

 専門学校を出てからは岡山県内で働いていた。40歳を過ぎて「仕事のほかにも社会と関わることがしたい」と考えていたところ、「審判員が不足している」という記事を読み、もう一度野球に関わりたいと思った。講習を受け、昨年、岡山大会で審判を務めた。

 徳島大会でのデビュー戦は、13日の阿南高専―板野戦の球審。途中、わかりにくいプレーがあり、マイクをもって場内に判定を説明した。

 「徳島の方々にも温かく迎えていただいた。選手とともに成長中です」と笑った。(鈴木史)