(28日、第107回全国高校野球選手権宮城大会決勝 仙台育英10―0東北学院榴ケ岡) 最終回、東北学院榴ケ岡の最後の打…

 (28日、第107回全国高校野球選手権宮城大会決勝 仙台育英10―0東北学院榴ケ岡)

 最終回、東北学院榴ケ岡の最後の打者が空振り三振に倒れると、仙台育英の選手たちが一気に駆け出した。土屋璃空選手(3年)も、笑顔でベンチから飛び出した。

 1年前は、自分が最後の選手だった。

 昨年7月23日の宮城大会決勝。左飛を上げ、ゲームセット。2年生ながら背番号7で臨んだ夏だったが、その瞬間は今でも明確に覚えている。

 その日、ノートにこう書いた。「13時10分、先輩たちの夏を終わらせてしまった」。試合の映像が流れる度に自分の姿が映り、申し訳なさや悔しさがこみ上げた。

 それでも、やがて前を向いた。「決勝で最後のバッターになるのは全国で49人しかいない。この経験を絶対に生かす」。今年の7月23日、ノートには赤い字で「あれから1年」と書き込んだ。決勝前には「準備を大切にして、あとはやるだけ。絶対に甲子園に行く」とも。

 こうして迎えたこの日の決勝。球場に向かいながら、昨年の情景が頭によぎった。「また同じことになるのではないか」。それでも、仲間の顔を見たら「絶対大丈夫だ」。そう思えた。「先輩たちの前で絶対に甲子園出場を決める」――。

 卒業した先輩も多く応援に駆けつける中、土屋選手はこの日、5打席1安打、3四球。「自分の役割は後ろの良い打者につなぐこと」。その役割を存分に発揮した。

 昨年のリベンジを果たしてつかんだ夏の甲子園の切符。「全国屈指の相手にどうやって勝つかを考え、日本一だけを目指して頑張りたい」。暗く長かったトンネルを抜けた今、目標はただ一つ、全国の頂点だ。(岸めぐみ)