殿堂入りのプレートを横に英語によるスピーチを披露するイチロー氏(C)Getty Images 文字通りの歴史的な表彰とな…

殿堂入りのプレートを横に英語によるスピーチを披露するイチロー氏(C)Getty Images

 文字通りの歴史的な表彰となった。現地時間7月27日、MLB通算3089安打を誇るイチロー氏(マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)が、米ニューヨーク州クーパーズタウンでの式典に出席。今年1月に果たした米野球殿堂入りの功績が改めて表彰された。

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 19分間に及んだ英語によるスピーチで周囲への感謝も語ったイチロー氏。その中では、マリナーズ移籍を決めた当初、世間から自身に“疑いの目”が向けられたことも正直に打ち明けている。

「私がMLBで初めての日本出身の野手になろうと決めた時、多くの疑いの目があったことは、皆さんも想像できると思います。でも、それは単なる疑念だけじゃなかった。批判や否定的な声もたくさんありました。『国の恥になるなよ』とまで言われたことだってあります」

 当時のメジャーリーグは「ステロイド時代」と揶揄されたほどにパワーが重視されていた。ゆえにNPBで異彩を放ってきたとはいえ、細身であったイチロー氏に対する疑念は少なくなかった。その中には「アジア人野手はメジャーリーグでは通用しない」という容赦のない誹謗中傷すらも混じっていた。

 現在のようなSNS時代ではない。それでもイチロー氏の下には才能を疑う声は絶えず届いていた。それでも天才は、見事に重圧をはねのけた。その背後には「成功しなければならない」という強い覚悟があった。

 その一端をイチロー氏本人が、米スポーツ専門局『NBC Sports』で語っている。

「日本出身選手として、7年間連続で首位打者になった選手として、そして初めてNPBから渡米する初めてのポジションプレーヤーとして、僕は周囲から評価されることを知っていた。そして、自分の成績次第で日本野球が評価されることも理解していました。もし、僕が結果を出せなければ、『日本の野球はレベルが低い』と評価されるだろうと思ってました。だから、プレッシャーは常にあったし、それを背負う覚悟はありました」

 果たして類まれな能力で疑念を打ち払ったイチロー氏。彼の残した歴史的なパフォーマンスの裏には、揺るぎない信念があった。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]

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