(23日、第107回全国高校野球選手権東東京大会準々決勝、岩倉6―2帝京) 「岩倉高校の優勝を願って、エールを送る」 試…

(23日、第107回全国高校野球選手権東東京大会準々決勝、岩倉6―2帝京)

 「岩倉高校の優勝を願って、エールを送る」

 試合後、一塁側スタンドにいた敗れた帝京の篠原賢悟(3年)は、勝った岩倉の三塁側スタンドに向かってめいっぱいの声で叫んだ。悔しい気持ちを、隠して。

 選手としてレギュラーを目指し野球部に入った。だが、2年生の時、志願して応援団長になった。帝京野球部の歴史で、2年生が応援団長を務めるのは初めてのことだった。

 その後、応援団長を「引退」。レギュラーになるため、練習の日々が始まった。でも、なかなかBチームから上に行けなかった。やっぱり、メンバー入りは難しいかもしれない――。夏が近づくにつれ、気持ちが揺れた。

 そして、6月。グラウンドにある部屋で、金田優哉監督と面談をした。監督からは「記録員」としてベンチ入りすることを打診された。篠原がいてくれたら、戦力になる――。そんな言葉をかけられて、野球で初めて泣いた。

 篠原の答えは「チームが甲子園に行けるように、応援団長としてサポートします」だった。選手として頑張ることがすべてじゃない。選手の道に未練がないわけじゃないけど、こういう道もありかなと思った。

 そして、今夏の大会も応援団長として臨んだ。帝京の長い歴史の中で、「2年連続応援団長」は、もちろん史上初だ。

 準々決勝のこの日、いつものように黄色いはちまきを巻いて、グラウンドに一番近い席で声をからした。最後まで逆転を信じたが、届かなかった。「3年間、みんなと甲子園を目指してきたけど、一度もかなえることができなくて。それが一番悔しい」。帝京の異例の応援団長の挑戦が終わった。=神宮(野田枝里子)