一直線に延びるトラックで、中国地方最速のスプリンターがスタートの確認を繰り返していた。6月下旬、広島市中心部の広島皆実…

 一直線に延びるトラックで、中国地方最速のスプリンターがスタートの確認を繰り返していた。6月下旬、広島市中心部の広島皆実グラウンド。低い姿勢から地面を蹴りあげ、トップスピードに持っていく。

 陸上女子100メートルの松本真奈選手(3年)。高校総体の出場権をかけた5日前の中国大会決勝は11秒48(追い風参考)で圧勝した。「私には最後の総体。高校記録(11秒43)を更新して勝ちたい」と意気込む。

 総体に向けて選手らの調整が続くグラウンドの北西約2キロに、広島皆実の「追憶之碑」がたたずんでいる。1945年8月6日の原爆投下で犠牲になった前身校の生徒281人、教職員20人の慰霊碑だ。80年たった今年、創立124年の伝統校は総体に現時点で5競技80人以上の選手を送り出す。

 戦前から強豪校だった。同窓会によると、県立広島高等女学校時代の33年にテニス、34年にバレーボールで全国制覇。しかし、戦時色が濃くなると体操場には奉仕作業のミシンが並んだ。原爆で爆心地から約600メートルにあった校舎は焼失した。

 終戦翌年に再開した部活動の「復活」を印象づけたのは、陸上部だった。48年に中四国大会の60メートルなどで3選手が優勝した。平成に体育の専門学科が設置され、陸上では世界選手権メダリストの為末大さんらを輩出。パリ五輪代表の福部真子選手(29)は、女子100メートル障害で総体3連覇(2011~13年)を果たしている。

 松本選手は小学生の徒競走で勝つ喜びを覚えた。「走ること自体は嫌い。でも、走って勝つことは好き」。中学で陸上部に入り、全国大会で入賞した。広島皆実の体育科に進むと、1年生で総体に出場した。

 しかし、2年生で壁にぶつかった。夏にすねを痛める「シンスプリント」を患い、けがを押して走った中国大会で敗退、100メートルでの連続総体出場を逃した。冬にはコロナに感染し、1か月間、走れなかった。

 雌伏の時期に、顧問の松谷清志教諭(56)の指導で筋力トレーニングを本格的に取り入れ、下半身が安定した。6月の中国大会では100メートルに加え、200メートル、リレーも勝って3冠を飾った。松谷教諭は「総体で十分に優勝を狙える」と話す。

 総体の総合開会式は、被爆80年を迎える広島市で24日に行われる。選手宣誓に立つのは松本選手だ。

 広島市で生まれ、戦争と平和を意識して育った。被爆者から体験を聞き、広島平和記念資料館で黒焦げの三輪車を見てショックを受けた。「強くなることだけを考えればいい。戦時中の先輩たちがかなわなかった世界を生きられている」と時代に感謝する。

 全国から集まる選手には、原爆ドームや資料館を訪ねてほしいと思っている。ウクライナや中東で戦争が続く今、広島の悲劇を学ぶ意味はこれまで以上に大きくなっていると感じるからだ。

 宣誓を通じ「スポーツができるありがたさ」を全選手と共有したいと願っている。