サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニ…

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回のテーマは、サッカーにおける「もうひとつの生命の危険」。そう、「猛暑」だけがサッカー関係者の生命を脅かすわけではないのだ。

■生死よりも「ずっと重要」な問題か

「ある人々は、サッカーは生か死かの問題だと言う。彼らは間違っている――。サッカーは、それよりずっと重要だ」

 イングランド・サッカー界のレジェンドのひとりであり、リバプールを強豪に育て上げた名将ビル・シャンクリーの言葉である。1959年から1974年まで15シーズンにわたってリバプールを指揮し、数々のタイトルを獲得した。

 だが、もちろん、サッカーは生命をかけて行うようなものではない。サッカーは、プレーする者、それを見る者たちの喜びのため、すなわち人生のために行われるものであり、気持ちとしてはシャンクリーの言葉に強く惹かれるものがあるが、生命の危険があるなら、サッカーどころではないと思うのである。

 前回は、サッカーを脅かすもの、「暑さ」についての話だった。今回は、FIFAクラブワールドカップでもうひとつ問題になったもの、「落雷」の話である。

■10マイル以内の落雷で「活動中止」

「10マイル(約16キロ)以内で落雷があった場合には、ただちに野外での活動を中止して安全な室内に避難し、雷鳴が聞こえなくなってから30分間は様子を見る」という政府の指針があるという。長いものでは2時間にもなった(!)クラブワールドカップの試合中断は、その指針に沿ったものだった。

 アメリカ政府の指針は、別に特異なものではない。さまざまな国の「落雷事故防止の安全基準」に近い。日本サッカー協会は、「雷鳴が聞こえたら活動を中止し、聞こえなくなってから30分間は待って、続く雷雲がないかなどの情報を確認してから再開する」という指針を示している。 かなり遠くと思えるところで落ちているように見えても、カミナリはいきなり大気中を横に走り、20キロも離れたところに落ちることさえあるという。日本サッカー協会は「雷鳴が聞こえる」を「約10キロ」としており、アメリカ政府の指針と大きくは違わない。

■国立には「落雷はない」という確報

 20年以上も前のことだが、激しくカミナリが落ちる中で試合が最後まで中断されなかったのを見たことがある。U-22代表チームの国際親善試合だったように思う。会場は東京の国立競技場である。ピカッと光ってからドカンと音がするまで10秒はかからなかったから、おそらく落雷地点から数キロも離れていなかったはずだが、そのままプレーは続けられた。ドカン、ドカンと落ちる中で中断されなかったのには驚いた。

 ピッチ上の選手も怖かっただろうが、それ以上に、スタンドを埋めたファンの安全は考えられていたのだろうかと心配になった。ご存じのように、旧国立競技場は屋根があるのはメインスタンドだけで、両ゴール裏から巨大なバックスタンドにかけて、観客席は完全な「野ざらし」状態だった。

 バックスタンドには4本の高い照明塔があった。当然、避雷針がついていたはずだが、落雷があっても、それに誘導されるから観客席は安全と考えられていたのだろうか。それとも、試合の主催者である日本サッカー協会は気象庁と特別な連絡をとり、国立競技場には落雷はないという確報を得ているのだろうかと考えたりした。

 もちろん、現在の基準であれば、試合中断は不可避な状況である。あの状況で大きな事故につながらなかったのは、本当にラッキーだった。

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