昨年に知名度を大きく上げた高校と言えば、和歌山南陵だろう。運営する学校法人南陵学園が資金難となり、教職員の給与未払いが発…
昨年に知名度を大きく上げた高校と言えば、和歌山南陵だろう。運営する学校法人南陵学園が資金難となり、教職員の給与未払いが発生するなど問題が多発して、校舎や寮の設備もボロボロになっていた。
こうした状況を受け、2022年に学校法人のある静岡県から生徒募集停止の措置命令を下される。昨年の生徒数は3年生18人しかおらず、内訳は野球部10人、男子バスケットボール部6人、吹奏楽部2人だった。
その中でもバスケットボール部はインターハイに出場して初戦突破。野球部も昨夏の和歌山大会で1勝を挙げ、新しくできたレゲエ校歌も話題となった。
学校も昨年4月に就任した甲斐三樹彦理事長の尽力もあり、募集停止は解除に。今春は3年ぶりに新入生を迎えた。
今、和歌山南陵はどのような状態なのか。甲斐理事長に話を聞いてみた。
再興までの道のりは前途多難
「悪いイメージの多い学校だったので、『明るい話題』をということで、話題性は良かったかなと思います」と甲斐理事長は反響の大きさにこう語る。
理事長に就任するまで大分県で経営コンサルタントをしていた甲斐理事長。かつては南陵学園の営業部長を務めたこともあり、和歌山南陵とは縁のある人物だった。
近年は少子化の影響もあり、高校の統廃合が進んでいる。一度、募集停止になった高校が再起するのはそう簡単な学校ではない。甲斐理事長からすれば、火中の栗を拾うようなものだ。それでも学校再建に乗り出したのは、教育に対する熱い想いがあったからである。
「とにかく教育を変えたいという部分がありました。学校でお金の話だったり、社会に出た時の話をしないで、自分たちも高校を出たりしたので、真実を教えられる学校にしたいと思いました。後はやっぱりこぼれ落ちていく子たちがいるので、そういう子たちの受け皿になれたらというのがあったので、どうしてもやりたいなっていうのがありましたね」
とはいえ、再興までの道のりは前途多難だった。校舎や寮は手入れされておらず、設備はボロボロ。寮のトイレが雨漏りで水浸しになることもあった。「全然整備されてないので、傷み具合が酷いなというのが第一印象でしたね」と甲斐理事長は振り返る。
草刈りする甲斐理事長
そこで、最初に手を付けたのが環境整備。学校にはお金がないため、自分でできることは自分たちで行った。現在も甲斐理事長自ら草刈りをしている。
校内の設備も徐々に良くなり、寮も生徒が生活する3階は快適に過ごせるようになった。まだ空室の2階は手入れが行き届いていないが、野球部員の募集を担当している橋本大輝部長は「来年には3階のような状態になっています」と見学に来た中学生や保護者に説明している。まだまだ改善途上とはいえ、心配なく学校生活を送れるようにはなった。
雑草が伸び放題だった野球部のグラウンドは改修工事を行っており、来年の新入生が入学するまでには内野が黒土の新グラウンドが完成予定。野球部の練習環境も大幅に良化しそうだ。

レゲエ校歌が生まれたきっかけ
「子どもたちのためにもっともっとしてあげたいけど、やっぱりできるところからなので、うちの校歌の歌詞のように一歩ずつやれたらなというところです」と語る甲斐理事長。昨年に新しくできたレゲエ調の校歌「一歩前へ」は珍しさゆえに大きな話題を呼んだ。
甲斐理事長と作詞を担当したアーティストの横川翔は以前から親交があり、「いつか僕は学校を再建する。その時に絶対、校歌を作らせるから」と約束していたという。そんな中で昨年に甲斐理事長が就任したことをきっかけとなり、校歌の作成を正式に依頼する運びとなった。
校歌が全国に知られるようになったのは昨夏の和歌山大会。野球部が初戦を突破したことで、多くの人が耳にするようになった。その反響は絶大。「とにかく誰もが口ずさむような歌にしたい、話題をさらいたいというのがあったので、凄く良い校歌ができたのかなとは思っています」と甲斐理事長は満足気だ。
理事長が語る今後の和歌山南陵のあり方
甲斐理事長がスポンサー集めに奔走したこともあり、約2憶7000万円あった滞納金は完済。2期分の決算書がないなど、様々な困難があったが、11月には経営改善計画書などの必要書類の作成などが確認できたとして、静岡県による措置命令が解除された。
これで3年ぶりに新入生の募集ができるようになった。行政から生徒募集停止の措置命令を解除されたのは全国でも初の事例である。
選手たちの食事風景
生徒募集を再開したのが12月と遅くなったこともあり、今年の新入生は13人。現在は野球部、男子バスケットボール部、吹奏楽部が活動している。来年度からはサッカー部、ラグビー部、女子バスケットボール部、剣道部、ダンス部が始動予定。さらに通信制に女子野球部を設置する構想もあるようだ。
6月時点で来年度は90人前後の入学者を見込んでおり、定員の120人を満たすことをまずは目標にしている。日本は少子化が進んでおり、日高川町にある和歌山南陵はお世辞にも交通アクセスが良いとは言えない。生徒を集めるのは簡単なことではないが、甲斐理事長は「魅力ある学校になれば、自ずと人は集まる」と断言する。目指す学校像については次のように語ってくれた。
「一番はとにかく楽しい。それで、『自分のためになったな』と子どもらが日々わかって、結果を出していけるような学校にしていけばと思っています。教育現場で面白いとか、私学教育はサービス業という感覚の学校さんはないと思うので、だからこそ、そういうところをやっていけたらと思っています」
魅力ある学校にするために和歌山南陵では資格の取得に力を入れるカリキュラムを組んだ。ITパスポートやドローン操縦の国家資格、上級救命技能認定証など様々な資格を取れるようになっている。高校というよりも職業訓練校に近い位置付けだ。こうした学びは将来の仕事だけでなく、部活動にも活かされると甲斐理事長は考えている。
「部員が増えてくれば、どうしても試合に出られない選手も出てきます。正直、能力の差というのはしょうがないですけど、控えになったパソコンをできる選手が相手チームの分析をして、試合に出るレギュラーに『相手はこういう戦術をしてくるから、うちはこうやろうよ』と言ったり、自分たちが対戦相手をイメージして練習するというような形もできます。控えの選手を『補欠』という呼び方じゃなく、うちは全部活とも『柱』と呼ぶようにしています。とにかくプレーヤーだけじゃなく、指導者としてもやっていけるような感じでやっていこうかなとは思っています」
ただ、学校を立ち直らせただけではなく、独自の特色を出しながら再スタートを切っている和歌山南陵。野球部は1年生6人と他校から転校してきた2年生1人の7人が加わり、今夏の和歌山大会は有田中央、貴志川と連合チームを組んで戦うことになった。
勝利した場合の校歌は1戦目に有田中央、2戦目に和歌山南陵の校歌が流れることになっている。和歌山南陵としてはまず2勝して自校の校歌を歌うことが目標だ。
「有田中央さんは3年生がいて、うちは1年生がほとんど。有田中央の3年生に良い夏を経験してもらえるようにサポートさせてもらえれば」と野球部への期待を語る甲斐理事長。初戦でセンバツ準優勝校の智辯和歌山と対戦することが決まったが、どこまで食い下がることができるだろうか。和歌山南陵の新たな挑戦が始まる。