(12日、全国高校野球選手権石川大会1回戦 津幡12―2飯田=5回コールド) 飯田の4番・宮元晴一郎選手(3年)は同点に…

(12日、全国高校野球選手権石川大会1回戦 津幡12―2飯田=5回コールド)

 飯田の4番・宮元晴一郎選手(3年)は同点に追いついた一回1死一塁で打席に立った。

 「楽しむだけ。思う存分やろう」という加瀬悠貴監督(34)の言葉を胸に、初球を中前に運んだ。後続が続き逆転に成功した。

 2020年に東京から珠洲市に移住した加瀬監督と飯田の野球部がつながるきっかけとなる存在だった。

 能登半島地震で飯田高に避難した加瀬監督は、避難生活の中で、子どもたちに遊び場を提供するNPO法人をサポート。そこに手伝いに来てくれた高校生の一人が宮元選手だった。

 野球部は被災で練習ができていない現状を聞いた加瀬監督。「生徒たちのために何かできないかと考えた」と話す。

 昨年2月、大学時代の後輩で野球専門のトレーナーを連れて笛木勝監督(当時)に紹介すると、元球児の加瀬監督も外部コーチとして手伝うことになった。

 そんな中で昨春、笛木監督の異動と新監督の体調不良が重なり監督が不在に。後任として白羽の矢がたった。

 「不安もあったが、部員たちが監督不在で夏を戦うのはさすがにと思い、引き受けることを決めた」

 震災からの復旧工事に携わりながら、夕方はグラウンドで選手を見守る日々。練習メニューは選手自身が考え「普段は応援者。選手が決断できないところは責任を持つ」と話す。

 宮元選手は「監督は最初から、のびのびやれと言ってくれた。野球を自分たちで考える力がついた」と話す。

 試合は津幡の19安打の猛攻をうけ、5回コールドで敗退した。

 加瀬監督は「最後まで堂々と戦った」と選手らをたたえた。目を赤くし「今の3年生が縁をつないでくれた。監督をさせてくれて、ありがとうと伝えたい」と話した。(砂山風磨)