蹴球放浪家・後藤健生は今、韓国にいる。サッカー東アジア最強国を決めるE-1選手権を取材するためだ。韓国は後藤氏にとって…
蹴球放浪家・後藤健生は今、韓国にいる。サッカー東アジア最強国を決めるE-1選手権を取材するためだ。韓国は後藤氏にとっても、日本サッカー界にとっても、いろいろな思い出がある土地だ。今回、脳裏に浮かんだのは、「1996年のアジアユース選手権」のことである。
■「線が細かった」日本代表レジェンド
そして、MFには日本サッカー界のレジェンドの1人、中村俊輔氏(現在は横浜FCコーチ)がいました。
当時まだ18歳で、桐光学園高校の3年生。当時から、圧倒的なテクニックを誇っていましたが、とても線が細くて繊細そうだったので、「プロに入っても、フィジカル的にどこまでやれるのだろう?」と感じたものですが、その後は横浜マリノス(まだ「F」が付いてなかった)からセリエAのレッジーナ、そしてスコットランドのセルティックで圧倒的な存在感を放つことになります。
しかし、これだけの豪華メンバーがそろっていても、日本はまだアジアでトップに立てなかったのです。
■見違えるように発展した「駅周辺」
さて、水原での試合、最初は国鉄の電車で水原駅まで行って、そこからバスで綜合運動場まで行きました。今では水原駅前のバス乗り場は近代化していて、どこの乗り場から何番のバスが発車するかすぐに分かり、また次のバスが何分後に到着するか、混雑しているかなども分かるようになっていますが、30年前の水原駅前は雑然としていて、どこに何番のバスが来るかも判然としない状態でした。
しかし、地図をよく見ると、ソウルから行くときに水原の一つ手前の華西(ファソ)という駅は綜合運動場に近く、ここで降りれば歩いて行けそうだったので、次からは華西駅から徒歩で通うことにしました。
華西駅周辺も29年前とは見違えるように発展。大きなショッピングセンターが完成し、その中にある「ピョルマダン図書館(星の庭図書館)」は有名な観光地ともなっています。
■忘れられない「アツアツ」の幸福感
しかし、29年前の華西駅は閑散としていました。綜合運動場までの道の両側は、稲刈りが終わった後の水田が続いていました。
試合が終わって、すっかり暗くなった夜道を肩をすぼめながら駅に向かうときには、本当に寒さが身に染みたものです。
そんな華西駅の前にマントゥ(水餃子)を商う店がポツンと一軒たたずんでいるのを発見したので、さっそく、店に入ってアツアツのマントゥを口に入れたときの幸福感! あんな美味しいマントゥを口にすることは、二度とないことかもしれません……。
それから、30年、当時は韓国最強の一角だった水原三星ブルーウイングスの取材に行ったこともありますし、U-17やU-20ワールドカップも開催され、水原には何度も通っており、その変化をさまざまなところで感じます。
朝鮮王朝時代に建設された城壁もすっかりきれいになり、昔の宮殿を復元した華城行宮(ファソンヘングン)も公開されています。
こんなに暑くなければ、観光も楽しめるのになぁ……。